AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters - 第9章 専属
84 Storys 〜ほっといてよ〜
 ドリンクと資料を片手に、十数人の連中が会議室へと吸い込まれる。黒縁メガネで頭脳派を演出している晃汰に、iPadで理系男子を彷彿とさせる竜恩寺もその一員である。25時の会議など、もうとっくに二人にとったら日常茶飯事となっている。

「新しい企画、イベントが決まりました。と言っても、企画の趣旨からしてそんなに大騒ぎするものでもないので・・・」

 老眼鏡をかけた今野が、書類を遠ざけたり近づけたりしながら話し始めた。今度の誕生日プレゼントは“葉月ルーペ”だな、晃汰は下を向いて一人笑った。

「内容としては、AmebaTVさんとコラボした旅番組です。しかも、行くのはメンバーのみです」

 高を括って資料に眼を通さなかった晃汰だったが、涼しい顔で今野の話を聞く。

「ですがメンバーだけでは危ないので、一組に対して一人を付き添いとして行かせます。それも海外なので、それなりに経験のあるスタッフを・・・」

 それを聞いた瞬間、晃汰と竜恩寺は身に覚えのない悪寒がした。

「KKコンビに行ってもらおうと思います。メンバーと近しいし、海外経験も豊富なので」

 二人は一斉に机に突っ伏し、身動き一つとらなくなった。

 会議自体は一時間ほどで終了となった。ほぼ企画の内容が発案側にて決まっていた為、最終確認程度のものであった。それでも、KKコンビにとったら大ダメージであり、旅先での様子を想像するだけで彼らは身震いがした。

 翌日、今野の口からプロジェクトの内容がメンバー達に説明された。メンバーと二人っきりの旅行に加え、気心知れたスタッフが帯同となればもう少女達は大騒ぎである。その中の数人は違う眼を二人に向けてはいたが、知らん顔をしてそっぽを向いている二人は気にも留めなかった。

「本当にやめていただきたい」

 洒落た洋食屋のテラス席に座った晃汰は、目の前に座る秋元真夏に心情を吐露する。

「本当にそう思ってる?少なくとも、私が晃汰の立場だったら、喜んで行くけどなぁ」

 ジト目で、秋元は目の前のギタリストを見た。

 この日は選抜メンバーが集まり、ダンスレッスンをしていた。珍しくランチの誘いを秋元から受け、生田の憎しみに満ちた眼を背中に受けながらも、晃汰は秋元と事務所近くの店にやってきた。周囲はスーツを着込んだビジネスマンや、ちょっと背伸びをしたOLばかりであり、乃木坂46に食いついてくる者などなかった。その証拠に、秋元と晃汰は変装の一切をしていない。

「で?今日はどんな思惑があって俺を昼飯に呼んだんですか?」

 注文した料理がお互いの目の前に置かれるのを機に、晃汰は秋元の眼を見た。

「うん、実はね・・・」

 秋元は何の躊躇いも無しに口を開く。

「これだから、よろしくね?」

 彼女はそう言って、自身のスマホをギタリストに渡した。受け取って画面を確認すると、LINEのトーク画面が開かれており、会話の相手は桜井だった。そして、晃汰はそこで次の時代のリーダーを知った。

「良いんじゃないですか?俺は全力でサポートしますよ」

 周囲に悟られぬよう、晃汰は何も知らない連中からは想像がつかない単語を並べる。

「うん、私達のことよろしくね」

 秋元もそれを察して、含みを持たせて答えた。ウインクという“オマケ”付きで。

「さすがですね、またまいやんに怒られても知りませんよ」

 フォークでパスタを巻きながら、晃汰は彼女の顔を見る。この人にOFFなんてあるのだろうか、もしかしたら人目のないところで戦っているんじゃないか、晃汰は勝手な想像をしてパスタを飲み込む。

 あまり接点のなかった事を自覚していたお互いなだけに、話は弾んだ。開放的な屋外席ということもあり、一般の目を気にしても乃木坂のイメージが崩れない話題で二人は盛り上がる。

「ひねくれ3見てますよ。あれ、同僚っていう贔屓なしでも面白いですよ」

「本当?あの番組ね、結構自分の素っていうか、自分がやりたいようにできてるって感じなんだよね」

 食後に秋元はブラックコーヒー、晃汰はキャラメルマキアートを注文した。

「本当に甘党なんだね」

「疲れても疲れてなくても、糖分です。苦いものは苦手です」

 晃汰はそう言いながら、ドリンクにガムシロップを追加する。秋元は目を丸くしてその暴挙を凝視した。

「ごちそうさまでした!次は俺の奢りで行きましょ!」

 店を出て開口一番、晃汰は秋元に頭を下げた。会計は全て秋元が持つと言って聞かなかった。そこは甘えることにした晃汰は、しっかりと次期キャプテンに礼を言った。

「次は、私がキャプテンになってからかな」

 事務所への帰り道、隣を歩く秋元はどこか寂しそうに呟く。

「その前に行きましょうよ、現キャプテンも皆も一緒に・・・」

 一人だけの悲しみじゃない、橋下が卒業するときに衛藤から言われた言葉を晃汰は思い出した。そして同じ境遇に陥っている同士に手を差し伸べる。自分が救われたなら今度は自分が救う番である、晃汰はその言葉を心の隅に置いて、この次期キャプテンを支えてやろうと心に決めた。

Zodiac ( 2019/10/06(日) 20:20 )