AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第9章 専属
83 Storys 〜友愛〜
 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。少し鼻にかかった丸い声が自分の名前を呼んでくる。しかし、その声の主はどこにもいない。右を見ても左を見ても、その姿を拝むことはできない。しかしその時、背中にちょっとした重みを感じる。晃汰はその懐かしい感覚に心酔し、そして最愛の名前を呼んだ。

「まどか・・・」

 しかし晃汰は、すぐにそれは“現実のモノ”ではないことに気づく。それは眠りから覚めた瞬間に自分の眼へと飛び込んできた、自室ではない部屋の壁だった。未だに残る背中の感触をそのままに、晃汰は上体を起こして背後を見た。

「にょえ!?」

 晃汰の視線の先には、長い手脚を畳んで寝息を立てている梅澤だった。そんな彼女は、先ほどの晃汰のアホみたいな声に眼が覚めてしまった。

「あ、晃汰さん起きたんですね」

 眼を擦りながら起き上がった梅澤は、晃汰を真っ直ぐに見た。

「まだ夜中ですよ・・・まだ寝ましょうよ」
 
 冷静な口調で話す梅澤とは正反対に、晃汰は落ち着きの“お”の字も無くしている。

「え!?俺はなに、梅の家に上がり込んだって訳?いやいや、記憶ないし・・・大丈夫か、俺、手ぇ出してねえか・・・?」

 あまりにも晃汰の慌てっぷりが滑稽だった為、梅澤は思わず吹き出してしまった。

「大丈夫です、山下は先に帰りましたけど。しかも、晃汰さんが私をベッドまで連れていってくれて、山下にジャケットかけてくれたんですよね?」

 晃汰はそこで初めて冷静になった。そうである、彼が梅澤をお姫様抱っこで寝室に寝かしつけ、山下をソファに移し自らのジャケットを彼女にかけてやったのだ。

「あ〜思い出したわ。出て行こうと思ったんだけど、鍵かけられないから梅にLINEして隅っこで寝たんだった」

 晃汰はスマホを見ながら、思い出したように片方の手で頭をかいた。そして持ってきたバッグを持つと、彼は突然玄関へと歩き出した。

「じゃあ帰るわ、世話になったな」

 晃汰はまだおぼつかない足で靴を履き始めた。それを梅澤が、彼の背中から抱きしめて制した。

「みんなで呑んだ夜って、寂しくなっちゃうんです・・・」

 弱々しく梅澤は呟く。靴を履いた晃汰は、暫く動けずにいた。その扉を開けなくはならないのに、夢にまで見た懐かしい背中の感触・・・晃汰を止まらせるほどに、梅澤の背格好は森保と酷似していた。

「君はベッドで寝てくれ。あいにく、俺は誰にでもねじ込む男じゃないんでね」

 晃汰は踵を返し、再び先ほどまで寝ていたリビングへと戻った。

「そうですよね・・・晃汰さんにはまどかさんがいますからね・・・」

 梅澤は、晃汰の彼女の名前を口走る。

「ったく、りんごさん(松村沙友理)が余計な事言うから・・・どうりでどいつもこいつも、まどかの名前を喋るんだよなぁ」

 如何にも迷惑そうに吐き捨て、晃汰はソファにぶっきらぼうに座った。

「でも、まだどこの“まどかさん”かバレてませんよ」

 梅澤は楽しそうに答える。晃汰はただ項垂れるだけだった。そんな彼を見て梅澤は立ち上がり、そして晃汰の前にしゃがみ込んで、問うた。

「晃汰さん、キスしていいですか?」

「は?」

 晃汰は間髪入れずに、真顔になった。対する梅澤は、今にも泣きそうな顔をする。

「いやおかしいよね?ただでさえ恋愛禁止のアイドルが男と夜を明かそうとしてんのに、キスしていいですかっておかしいよね?てか君は前々からなんで俺にズカズカとくる訳?なんか俺悪いことしt・・・」

 早口で晃汰が捲し立てていると、梅澤が彼の首に腕を回して唇を奪った。触れるだけのキスを終え、梅澤が口を開く。

「まどかさんがボケボケしてたら、私が晃汰さんのこと奪いますからね」

 悪戯な笑顔を梅澤は浮かべる。晃汰は肩を落すも、今度は彼から梅澤の額にキスをした。

「おでこへのキスは友愛を意味してる。わかってるよな、この意味」

 晃汰は唇についたルージュを指先で拭った。相手からされっぱなしもしゃくだ、そう感じての晃汰の反撃だった。一方、やり返された梅澤は、もう顔面の温度で湯が沸かせるほどに顔を真っ赤にして俯いていた。そんな彼女をよそに、晃汰はソファに寝転がって眼を閉じた。

「明日も早えだろ、俺は寝るぜ」

 まだ俯いているであろう梅澤に、晃汰は声をかけた。

「はい、おやすみなさい、晃汰さん」

 ヒョロ長は見えるはずのない晃汰に向かって一礼すると、寝室に入ってベッドに潜った。今も鮮明に残る額と唇の感覚に胸を焦がしながらも、梅澤はきっと良い夢を見たに違いなかった。

「この事だけは、まどかに言えねえよ・・・」

 一人になったリビングで、晃汰は落ちる寸前の意識の中で呟いていた。

 翌朝、仲良く目覚ましをかけ忘れた二人は盛大に遅刻をし、真相を知っている山下だけが悪い笑顔を浮かべたのは言うまでもなかった。

■筆者メッセージ
なんでしょ、梅はもっとガツガツなイメージありますけど…難しいな
Zodiac ( 2019/08/26(月) 00:06 )