77 Storys 〜46〜
「契約内容をよく読んでから、ここにサインをしてくれ」
キッチリとスーツを着込んだ今野が、同じようにネクタイを締めた晃汰にビッシリと文字の書かれた書類を渡す。その紙の一番上には『契約書』と書かれている。
「よく読まなきゃだめですか?」
イタズラな眼を、晃汰は今野に向ける。今野は鼻で笑い、口に笑みを浮かべた。今野のその表情だけで、晃汰は内容に眼を通さずにペンを手にした。
「契約確定だ、これから“も”よろしくな」
今野は立ち上がり、晃汰に右手を差し出す。晃汰は笑顔で応じる。
「じゃあ、同僚になる人達に挨拶、行っとくか?」
今野はニヤリと笑い、立ち上がった。晃汰も笑みを口に浮かべて立ち上がり、今野の後を追う。
「みんな、ちょっといいかな」
例によってダンスの練習をしているメンバーに、今野は声をかけた。一斉にメンバーの視線がジャケットスタイルの今野に集まり、床に擦れるシューズの音が鳴き止んだ。
「新しいスタッフさんが入る事になったので、紹介します。入って!」
身体の前で手を組む今野は、レッスン場の出入り口に向かって声を上げた。少しの間を置き、新米スタッフである晃汰が入ってきた。
「え・・・」
その顔を見た瞬間、メンバー達は次々に口を手で覆い、眼に涙を浮かべた。
「今日からお世話になります、丸山です。・・・またお世話になります」
晃汰は笑顔でそう挨拶し、頭を下げた。そんな彼にいち早く駆け寄ったのは白石だった。それに続くように、全メンバーが晃汰に被さるように駆け込む。
「何してたのよ、バカ・・・」
白石は晃汰の首にすがり、涙を流した。その周りにいるメンバーも皆が涙を流し、晃汰の帰還を心の底から祝った。
「もうAKSは退社しました。こっち(乃木坂)に入社したので」
晃汰はたっぷりの笑顔でメンバーに説明をする。なおも涙を流しながら自分を受け入れてくれるメンバーを見て、晃汰は心底自分のとった行動が間違いでは無かったと実感した。そして数日後、晃汰の相棒の竜恩寺も無事に転職に成功し、ここに新生KKコンビが誕生した。
晃汰が復帰したその夜、全メンバーとスタッフを交えての歓迎会が行われた。ギタリストの隣をメンバーが代わる代わる座ったのは言うまでもなく、ノンアルコールの健全な歓迎会はこの上ない盛り上がりを残して御開きとなった。最後、出席者全員で集合写真を撮って完了となり、晃汰の86が走り去るまで他の連中が見送るという事態に至った。
「やっぱり、良いひとたちだな」
真夜中の首都高を飛ばしながら、晃汰は一人っきりの車内でそう呟いたのだった。