72 Storys 〜進行中〜
いつまでも落ち込んでいる暇など、晃汰にはなかった。いや、落ち込む必要が彼には無かったのかもしれない。
秋元と飲んだ翌日、晃汰は自分の仕事部屋に内側から鍵をかけて、一人の来訪者も許さなかった。思わぬ来客によって時間が割かれるのと、余計な情報が外部に漏れる事を晃汰は嫌っての行動だった。そして晃汰は1日で完璧な筋書き(シナリオ)を書き上げた。ただ、それには必要最低限のダメージをいろんな人間達が負うことになる。その事も見越して、晃汰はこの計画を練った。水面下での交渉が、静かに長い時間をかけて行われる。すぐに晃汰は第一の共犯者に連絡をした。
「マジかよ・・・けど、これが成功したら」
「そう、俺らの完全勝利」
郊外に停められた86の中で、1枚のプリントから顔を上げた竜恩寺は、運転席に座る晃汰に悪戯な眼を向けた。
「けどよ、これをやるって事はお前・・・」
若干狼狽した様な表情を、竜恩寺は浮かべる。
「うん、だからそこに登場するみんなの説得が必要。誰一人欠けることなく、な」
練りに練ったシナリオを鼻にかけることなく、晃汰は更に続ける。
「それ以前に、俺らが腹を括るのが最優先。全部捨てられるか」
晃汰の眼が鋭く光るの見て、竜恩寺は小さく頷く。子どものころから幾度となく危機を乗り越えてきた二人にとって、出す答えなんて決まっていた。竜恩寺は持っていたプリントに大きく自分のサインを書くと、晃汰に預けて車を降りた。夜闇に竜恩寺が消えるのを見届け、晃汰はエンジンをかけて86を発進させた。
翌日、晃汰はとある人物と都内のちょっとしたカフェでお茶をする。
「お前、それ本気か!?」
晃汰の正面に座る男は、周囲の客の眼を気にせず大きな声を出す。
「静かに・・・ なので、お願いしたい事が何個かあります」
男を沈め、アイスカフェオレを啜りながら晃汰は続ける。
「言いたい事はわかってるよ、俺は大賛成だよ。けど、お前自身は・・・」
「もう腹は括ってます」
そう言って晃汰は立ち上がり、お札をテーブルに置いて店を後にした。残された男は、すぐにスマホを取り出し、通話を始めた。
「今、晃汰と会って話をしました。実は・・・はい、そうです。俺はそのつもりです。・・・え、じゃあ・・・わかりました、伝えます」
男は通話を終えると、大きく一息吐いて席を立った。晃汰が置いていったお札を取り上げると、鼻で笑って呟いた。
「いや・・・パンケーキ食ってコーヒー飲みゃあ、千円じゃ足りねぇだろ」
晃汰はツイッターのダイレクトメッセージを介して、カフェにて依頼した内容の回答を受け取った。地下鉄の車内でその画面を見た晃汰は、隣の乗客が席を移動するほど声を出さずに笑った。事が恐ろしいほど順調に進んで行く様に、晃汰は底知れぬ幸福感を味わっていた。
あくる日、晃汰は少しの荷物を携えて長崎に飛んだ。最愛の“同僚”に会うために。
「少し見ない間に、前より可愛くなったじゃん」
ゲートをくぐってすぐの所に、森保は笑顔で待っていた。ドラマの様に森保は、最愛のギタリストの首に抱きつきたがったが、いつ何時でもマスコミを意識しなければならず、森保は晃汰の隣を少し離れて歩くに留めた。そして森保は電車、晃汰はタクシーで森保の自宅へと向かった。