69 Storys 〜喪失〜
晃汰が最期に仕事をするソロメンバーは、乃木坂人気を左右すると言っても過言ではない、超中心メンバーだった。
「珍しいね、晃汰と二人っきりって」
朝焼けに照らされながら晃汰の愛車に乗ってきたのは、白石麻衣だった。
「お陰さまで、昨日は眠れなかったですよ」
冗談で返しながら、晃汰は彼女がシートベルトを装着するのを確認して86を発進させた。
「今日はLARMEの撮影と同時進行で他雑誌の撮影、午後イチにバイトルのソロ撮影って感じですね」
左脇のダッシュボードに置かれたサングラスを取りながら、晃汰は白石に仕事の流れを簡単に説明する。もうこれは彼にとったら朝飯前になっている。
「よく覚えられるねぇ。私なんか、スマホでメモしないといっつも忘れちゃうのに」
声色をワントーンあげて、白石は晃汰の横顔を見る。彼女がどんな表情をして自分を見ているのか、晃汰は容易に想像できたが、あえて助手席を見ずにただ真っ直ぐにハンドルを彼は握る。
予定時間通りにスタジオに到着し、白石が衣装に着替える為に晃汰は一旦控室から出た。何をするわけでも無くブラブラと徘徊し、白石からのLINEをきっかけに控室に戻った。
「へぇ〜、オシャレっスね」
女性のファッションにとても疎い晃汰は、とりあえずの褒め言葉を白石にかけた。
「心底思ってないよね?そんなんじゃ彼女に愛想つかされるぞ」
歳下の肩を小突いて、白石は楽しそうに笑った。その笑顔を見るたびに、晃汰の胸は締め付けられるのである。その後も何かと二人はじゃれ合い、ふざけ合っていた。
「はぁ〜疲れた」
全てのスケジュールを終え、晃汰が運転する86の助手席で、白石は腕を大きく伸ばした。
「だいぶ早めに終わってよかったですね」
ナビの画面に映る時刻に目をやり、晃汰は彼女に返事をする。
「ねぇ晃汰?ここから舞浜までどれくらい?」
白石の突拍子もない質問の真意を理解し、晃汰は頭の中で計算をする。
「30分ぐらいですね。あと誰に声かけますか?」
「ん〜とね…とりあえず向かって!」
白石の回答に腑に落ちない部分を残し、晃汰は夢の国に向かってハンドルを切った。
到着すると、晃汰も白石も入念に変装をしてチケットを二人分買い求めた。この時、晃汰は二人分の意味を特に白石に問うことはせず、後に何人かと合流するのだろうと彼は考えていた。
「さぁ〜乗るぞ〜!!」
「ちょっとアホ石さん!」
タガが外れたように園内を猛スピードで走り抜ける白石の後を、サングラスをかけた晃汰が必死に追いかける。年齢は駆け抜ける方が上だが、精神年齢は追う方が上なのだろう。
「で、愉快な仲間達はいつ合流してくるんすか?」
待ち時間の少ないアトラクションを何個か乗った後、ちょっとしたスペースでジュースを飲みながら晃汰は白石に問うた。
「え?誰も来ないよ?」
キョトンとした顔で白石は答えた。更に彼女は続ける。
「せっかく歳下の同僚と一緒に来れるんだから、別に誰も要らないかなぁって」
屈託の無い笑顔で白石は晃汰の顔を見た。その表情に、晃汰は負けましたと言わんばかりに肩を落とし、ジュースを飲み干した。
その後も数多くのアトラクションにい乗り、数え切れないほど二人は写真を撮りまくった。それはツーショットも自撮りも含めて。閉園間近になり、二人は周囲の来園者に気づかれぬよう距離をとって歩いた。そして時間差で車に乗りこむと、白石は興奮を抑えられぬまま口を開いた。
「す〜っごい楽しかった!やっぱり男女で来ると違うね!!また来ようね!」
撮った写真を見返しながら、白石は余韻に浸る。対する晃汰は、何処か浮かない表情である。それを気にして、白石は晃汰に声をかける。
「そんなに私と来たの、つまらなかった?」
切なげな表情を浮かべ、白石は運転席を覗き込む。そんな眼で見ないでくれと晃汰は切に思ったが、どうしても白石には真実を伝えることが彼にはできなかった。
「余韻に浸ってるんです。どうしても夢の国から帰ると喪失感に襲われてしまって…何かがいなくなるような、どこか遠くに無くなってしまうような感覚に陥ってしまって」
86の回転数が上がっても、今ばかりは晃汰の気分は上がることはなかった。
「そうだったのね。じゃあさ、近いうちに皆で来ようよ!なんなら2期とか3期の子も誘ってさ!!」
子どものように眼を輝かせながら、白石はシフトレバーの上にのせてある晃汰の左手に、そっと自分の右手を重ねた。晃汰は微笑むと、アクセルを踏み込んで官能的なエンジンサウンドを車内に流し込んだ。
「遅くまでありがとね、また明日もよろしくね」
「全然ですよ、また明日もお願いします」
白石の住むタワーマンションで彼女を降ろす。もう晃汰にとったら慣れたものだが、今をときめくアイドルがプライベートで笑顔で手を振ってくる、こんな非現実的なことを彼は当たり前だと思っていた。助手席側の窓を閉め、晃汰は近隣の迷惑とならないように静かにそこを走り去る。まるで彼が乃木坂を去るように、跡形もなく静かに…