68 Storys 〜同い年〜
クイズ番組と言えど錚々たる実力者が揃っており、地頭の良さがモノを言うこの番組は学力そのものを問われてもいるだろう。晃汰はそんな事を思いながら、2期生にして同級生の山崎怜奈とTV局へと愛車で向かっている。
「乃木坂と大学生だもんな、大変だよな」
「そんなでもないよぉ。たまに単位足りなくなるけど」
いつものおっとりとした空気を纏った山崎は、スマホを眺めながら晃汰に返事をする。同い年という事もあって二人は他の同級生も混ぜて、よく会食や飲みに行っていた。
「にしても、晃汰の車はいつ乗っても乗り心地が悪いね」」
何の躊躇いも無しに、山崎は晃汰の宝を口撃する。
「良い足回りと言っていただけないでしょうかね、お嬢さん」
減速の為に華麗にダヴルクラッチを決めた晃汰は、チラリと山崎を見た。
TV局に到着し、晃汰は受付を済ませて山崎と長い廊下を歩く。ジャケットにサングラスといった出で立ちの晃汰に、エレガントなワンピースの山崎は目立ってしょうがなかった。
「今日はどうなの?優勝できそうなの?」
山崎と自分の荷物を椅子に置いた晃汰は、彼女の為に途中で買った天然水をコップに移し、それを山崎に手渡した。
「ん〜どうだろ…勉強はある程度してきたけど、ノーマークな所も出るからなあ」
礼を言ってコップを受け取った山崎は、眼をキョロキョロさせながら答えた。
「優勝したら、何か奢ってよ!」
時間直前、スタジオに二人で歩いている最中、山崎は晃汰の肩を小突いた。
「じゃあ、無残な負け方したら奢ってくれよな」
シャツの襟を正しながら、晃汰は山崎に悪い眼を向けたのだった。
収録は順調に進んだ。芸人やアナウンサーなどが己の頭脳を惜しげもなく披露をし、そんな熾烈な争いに山崎も食らいついていく。そして決勝戦、山崎はなんとか上位チームに残り、決勝で戦う権利を獲得した。
「凄えじゃん。どこ行きたいか、考えとけよ」
天然水とちょっとしたお菓子を持って、晃汰は休憩中の山崎に近づいた。笑顔でそれを受け取った彼女は、少し考えてから晃汰の眼をまっすぐに見つめた。
「ん〜美味しい〜!」
しっかりと脂の乗ったマグロ寿司を頬張りながら、山崎は幸福に満ち溢れた表情を浮かべた。
番組はあの後、熾烈な優勝争いが繰り広げられ、果たして山崎は準優勝という堂々たる成績を残した。
「準優勝じゃ、ご飯はお預けだね」
残念そうに肩を落とす山崎に、晃汰は答えた。
「お前さんが優勝すると思って、もう店予約しちまってるんだよ」
勝ち誇ったような顔で、晃汰は隣を歩く山崎を見下ろした。対する山崎の眼は段々と輝き始め、そして二人は仲良く寿司屋のカウンターに座って今に至る。
「無様な負け方でも、連れてきてくれる予定だったんでしょ」
長い腕を何往復もさせて寿司を口にする山崎は、自身の左隣に座る晃汰に問う。
「まぁな。ちょっと話もあったし」
「え?」
会話はそこで一旦止まった。山崎も聞くに聞けず、晃汰も言うに言えないでいた。会話のきっかけを作れないでいる彼らの前に軍艦巻きが置かれ、晃汰は思い切って口を開いた。
「AKBに戻ることになったんだ。人事異動ってヤツでサ…同い年(タメ)の伶奈には言うけど、誰にも言うなよ…?」
それから山崎は、席を立つまで言葉を発することはなかった。最後のお茶を飲み干して席を立ち、店を出る。コインパーキングまでのたった数百メートルの道のりを、二人はとても長く感じていた。
「拒否権はないの?」
やっとの思いで山崎から発せられた言葉は、頭脳派の彼女らしいワードだった。
「組織の命令は絶対だからなぁ、NOは辞職ってとこだな」
粗末な液晶に表示される駐車料金に顔をしかめた晃汰は、背後の山崎に答える。
「いいよ、これぐらい出させて」
そう言って山崎は晃汰が財布を取り出す手を制し、札を機械に流し込んだ。悪い、と晃汰は彼女に詫びを入れ、86の鍵を開けた。
「騒がれるのが好きじゃないからあんまり人に言ってないんだけど…近い人間にしか言わないことにしてる」
等間隔に訪れる街路灯によって明るくなる車内で、晃汰はハンドルを握ったまま山崎に明かす。その後も山崎が会話に積極的になることはなかったが、違う面で積極性を発揮した。
それは山崎が住むマンションの下に紅い86が到着した時だった。
「あれ?こんなとこに傷ついてるよ?」
晃汰に礼を言って降りようとした最中、山崎が窓枠を指差して晃汰に訴えかけた。
「マジで!?」
そう言って晃汰は血相を変えて、山崎の方に身を乗り出した。その瞬間、山崎は晃汰の首元に腕を回して引き寄せた。
「…やっぱりみなみ(星野)の言う、あざといキャラは健在だったのか」
肯定することも拒否することもなく、晃汰は山崎の気が収まるまで彼女にされるがままにあった。
「…誤解しないでね。晃汰に大事な人がいるのも分かってるし、片想いしてるわけでもない。けど、これはみんなの、乃木坂の総意だと受け取って」
晃汰の耳元で、山崎は呟いた。晃汰は深呼吸を返事に変えていた。
やがて平常心を取り戻した山崎は晃汰に再度礼を言い、86を降りた。そして86のテールランプが消えるまで、その後ろ姿を見守るのであった。