56 Storys 〜茶々入れ〜
いつものように当日のリハーサルは滞りなく終了する。 前夜に悩みを吐露したおかげか、晃汰の奏でるサウンドはいつもよりも澄んでいるように周りの人間には聞こえていた。
音響担当との調整を終わらせ、晃汰は専用の控室に入った。 一人掛けのソファに深く腰掛け、天井を仰いだ。
そんな時、閉ざされたドアを誰かがノックをした。
「どうぞ、開いてますよ」
乾いた声で来訪者に彼は答える。 すると、戦友ともいうべき晃汰の親友と、博多を拠点に活動する何人かが彼の前に現れた。
「私たちより先に東京ドームに立つなんてね」
指原莉乃が、両脇に矢吹奈子と田中美久を従えながら言う。 その近くには竜恩寺京介がスタッフ用のIDパスポートを首から下げ、宮脇咲良と森保まどかが不敵に微笑んでいる。
「冷やかしなら勘弁してくださいよ、これからイメトレするところなので」
晃汰は照れ隠しにないことを言って、眼の前の連中を早々に退散させようとした。 だが、もう彼の考えることを手に取るように分かる彼女たちは、晃汰の前に立ったまま動かない。 観念した晃汰は、連中を座らせてお茶を出した。 揃ってお茶を飲むHKTの面々を横目に流しながら、晃汰は鏡を覗き込んで髪の毛を整える。 やがてそれも終わると、折りたたみ椅子に腰かけた。
「来るなら言ってくださいよ。 関係者席用意したのに」
久しぶりの指原の顔を見ながら、晃汰は彼女に言った。
「言ったら、変に意識するでしょ晃汰は。 それに、私の交友関係をナメないでほしいな」
指原は勝ち誇ったように上体を反らした。 晃汰は参りましたと言わんばかりに、口元だけに笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「ちょうど東京でHKTの仕事があったし、どうせなら晃汰の雄姿を外から見てみたいなって思って。 晃汰もやる気出るでしょ?」
指原は意味あり気に、二人にしかわからないように晃汰と森保に目配せをした。 そんな晃汰は咳払いをひとつして口を開く。
「そりゃあやる気は出ますね。 まぁ、本番まであと何時間もあるんで、ゆっくりしていってください」
そう言って晃汰は立ち上がり、京介を手招いて控室から出ていった。 京介も追うように晃汰の後をついていった。
ふたりは人気のない物陰に隠れ、小声で会話をする。
「本当の目的はなんだ?」
晃汰は京介に問うた。 京介は悪戯な笑みを浮かべながら答える。
「お前とまどかを久しぶりに会わせることだよ。 それに、莉乃さんと咲良とは握ってるから、そろそろ空気読んで控室をいったん出ていくぜ。 もちろん、なこみくには言ってはないけど」
綿密に練った作戦を盟友に話す京介の表情はどこか生き生きとしていて、それは晃汰にも見て取れた。 相変わらずの親友に晃汰は口元から漏れる笑い声だけで返事をし、控室に戻った。
「晃汰、ちょっとなこみくとドームの外、ウロチョロしてくるからね」
ふたりが控室に戻るや否や、指原は矢吹と田中を連れて部屋を出ていった。
「じゃあ、ごゆっくり」
京介も宮脇の手を引きながら、控室をいったん後にした。 その後ろ姿が消えると、晃汰はドアのカギをしめた。 その瞬間、彼の背中に森保が抱き付いた。
「どうして会いにきてくれなかったの?」
晃汰の背中に顔を埋めながら、森保は彼に尋ねる。
「ごめんね、俺もツアー回ってたりとかで忙しくてさ・・・」
言い訳をするつもりでないことは森保もわかっている。 ただ、その寂しさを彼女は紛らわすことができないでいた。
「晃汰、顔見せて」
いまにも泣き出しそうな声で、森保は晃汰を振り向かせ、そして強引にKISSをした。 唇を離すことなく、晃汰は彼女の背中に腕を回した。 久しぶりの口唇、久しぶりのお互いの体温・・・ ふたりはしばらくの間、お互いを確かめ合うように眼をつむって口づけを交わした。
開場時間が近づいたころ、時間を見計らってなこみくを連れた指原に、宮脇をエスコートする京介が控室に戻ってきた。 KISSの後はお互いの近況報告だけで終わった晃汰と森保は、衣服が乱れることなく五人の帰りを迎え入れた。
「じゃあ俺、そろそろ準備するんで・・・」
晃汰の眼の色が変わるのをきっかけに、六人は彼の控室を後にした。 ひとり残った晃汰は森保の余韻を感じつつも、その残像を自分のモチベーションへと変えて衣装を着始める。
「今日はなんだか、良い演奏ができそうだな」
独り言を呟きながら晃汰は最初の衣装を纏い、髪のセットの為に鏡を覗いた。