AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











小説トップ
第6章 東京ドーム
55 Storys 〜悪夢〜
 暗い客席にペンライトの海が溢れ、その中の花道をCuteな衣装を身に纏ったメンバーと、白黒の幾何学模様の入ったギターを抱えたギタリストが走り抜ける。 ハードロックよりも優しいサウンドで、メタルのような速弾きを多用しないそのギタリストから繰り出される音色は、観客の心までをも奪うほどだった。 それほどのギタリストでも、失敗はある。 ギターソロの途中、六弦の中で最も細い一弦が切れ、ギタリストの演奏は止まってしまった。 演奏を途中で止めてしまうことがどれほどのものか、ギタリストはわかっていたから、自分が置かれている立場が究極的にまずい事は嫌でもわかっていた。

 そんな悪夢にうなされ、ベッドに入ってから僅か数時間で、晃汰は衛藤のベッドから抜け出した。

  「チッ・・・ 嫌な夢だったゼ」

 舌打ちをしながらベッドルームを出た晃汰は、足元に行き倒れる連中を踏まないように歩き、ベランダに出た。 

 大きく息を吸って、今まで見ていた悪夢を取り払うかのように晃汰は息を吐き尽す。 彼の心とは対照的に澄み渡った夜空に、星々が煌めく。 

  「寝れないの?」 

 眠たそうに眼を擦りながら、ベランダに佇む晃汰を松村は見上げた。 

  「嫌な夢を見たんです」

 自嘲気味に苦笑を浮かべた晃汰は、室内に入ってベッドルームへと戻ろうとした。 すると、彼の後を追うように松村も立ち上がり、あろうことか晃汰とベッドルームに入った。

  「悪夢にうなされる丸ちゃんを、放っておけへんで」

 勝手な理由をつけて晃汰の隣に腰かけた松村は、いつもとは違う大人な表情を晃汰に見せた。 彼の眼をジッと見つめると、松村は晃汰の頭を優しく撫で始めた。

  「どんな怖い夢見たん? まっちゅんに教えてみな」

 そう言って、松村は晃汰の頭を自身の胸に抱き込んだ。 晃汰は自然すぎる松村の行動に拒否感を示すことなく、自分の体重を松村に委ねた。

  「ギターソロ弾いてる途中にギターの弦が切れて、演奏が止まっちゃうという物凄いリアルな夢を見ました・・・ 正夢になるんじゃないかと思って・・・」

 弱々しい声で自身がみた夢を説明する晃汰の頭を優しく撫で、松村は黙って聞いている。 

  「丸ちゃんは世界で一番巧いギタリストやで。 そんなすごい人が、悪夢見ただけでクヨクヨせんといて。 そんな丸ちゃん、私みたくない」

 そう言うと松村は、晃汰の頭に回す自身の腕の力を強めた。 

  「りんごさん・・・ 凄く変なこと訊いてもいいですか?」

 晃汰は松村の胸に顔を埋めながら、彼女に問うた。

  「なに? 改まって」

 フフッと松村は笑い、晃汰の頭を再度撫でる。 意を決したかのように晃汰は呼吸を一つした。

  「知ってると思いますけど、僕はいま恋愛禁止のアイドルと付き合ってるんです。 それに、男と女の関係にもなってます。けど、このまま付き合ってちゃいけないってのは、重々わかってます・・・」

 松村は自分の腕の中で話す晃汰が、どんなことを聞き出したいのか、頭の良い彼女には察しがついていた。 

  「皮肉とか嫌味とか、全くそんなものは入ってません。 けど、こういうことはりんごさんにしか訊けなくて・・・ こういう関係って、すぐにでも解消した方がいいんですかね・・・」

 松村の小さな胸の中で、晃汰は自嘲めいた笑みを浮かべる。 

 すると、松村は晃汰をいきなり押し遠ざけ、自身の上着の裾に手をかけた。 なんの躊躇いも無しに彼女は長袖を脱ぎ捨てると、キャミソール姿となった。 すぐさまそのキャミソールも脱ごうとする松村を、晃汰は必死に止めた。

  「なんで? まっちゅんとシたくないん?」

 唇を尖らせて松村は、目の前で慌てふためく晃汰に問う。

  「いや、シたいとかシたくないとかの話じゃなくて、状況的におかしいですよね!?」

  「誰も見てへんからええねん。 ほら、おいで?」

  「だから、誰も見てなくてもしないです! 俺にはまどかがいるんです!!」

 その瞬間、晃汰はアッと口を開き両手を頭に持っていった。 いつかの番組で若月が披露した秋元の癖と同じような仕草に、松村はとてつもなく笑顔である。

  「な? ちゃんと彼女との関係性、自分の中で整理できてるやん。 私が言えることは、彼女も私たちも悲しませちゃダメ。 私は、私のした事で乃木坂の皆を悲しませたから・・・」

 キャミソールだけの松村は、晃汰の顔を覗き込みながら、自分の過去を戒めるかのように、目の前の迷える子羊に教えを説く。

  「わかりました。 ただ、服着てください。 思春期の男子は何するかわからないですよ?」

 いつもの悪戯な笑みを浮かべ、晃汰は松村に彼女の服を手渡した。 
 
  「なるほどね。 丸ちゃんの彼女さんは『まどか』さんなんやね。 どこの誰やろうねぇ・・・」

 服を受け取りながら、松村は手渡してくる晃汰を意味ありげな眼で見つめた。

  「脅迫したら、一生口ききませんからね」

 わざと素っ気ない返事を晃汰はした。

  「あぁん嘘やで! ゴメンて!!」

 泣き真似をしながら松村は晃汰に抱きついた。 少しは抵抗するものの、晃汰もやはり男の子であった。 いつしか、自分に抱きついてくる松村の背中に彼は腕を回していた。

  「・・・もう少しこうしてていいですか? 最近、悩み事多いのに彼女とご無沙汰なんです・・・」

  「ええで。 丸ちゃんのこと、信用してるから」

 甘ったるい声で答えた松村は、晃汰の身体を一層強く自分の身体に抱え込む。

  「ひとりで悩むのはあかんで。 みんな丸ちゃんのこと心配してんのやから。 人間は弱いんやから、たまには人に甘えるのも大事よ」

 自身に抱き付いてくる年下ギタリストを受け止め、諭すかのように松村は彼の頭を撫でる。 

  「男の扱い方、慣れてますね」

 禁句を承知で晃汰は松村におどける。 そんな彼の心情を察している松村は、更におどけてみせる。

  「下手に路上でチューしてへんよ」

 おいおいと晃汰の方が止めに入り、対する本人はいつもの屈託のない笑顔を浮かべている。 

 いつしか晃汰は眠りについてしまい、松村は彼をそっとベッドに寝かしつけた。 

  「おやすみ、丸ちゃん」

 松村は晃汰の頬にキスをして寝室を出ていった。 

 リビングに松村が戻ると、他の四人も起きていた。

  「どうだった? 丸ちゃんの調子は」
 
 桜井が髪をかき上げながら松村に訊く。

  「ちゃんと整理はついたみたいやで。 最後は可愛い顔して寝とったわ」

 真剣な表情の中にも微笑みを含ませ、松村は答える。

  「まだ若いのにあれだけ背負ってるんだから、息抜きも必要だよね」

 秋元がため息を吐きながら肩をすくめる。 

  「なんにしても、明日は大丈夫だよ。 丸ちゃんほど、プロ意識ある人いないもん。 さ、寝よ?」

 全員の顔を見渡し、衛藤が最後を締めた。 衛藤に促されるまま、四人は元いた場所に寝ころび、再び夢を見始めた。

 その始終を聞き耳をたてて聞いていた晃汰は、今回の飲み会は自分を激励する為だけのものだと初めて知り、ひとり涙を流した。 彼女たちの思いを裏切ってはいけない。 そう固く心に誓い、彼はベッドへと戻った。


■筆者メッセージ
メッセージお待ちしてます!!
Zodiac ( 2018/10/02(火) 22:10 )