AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第6章 東京ドーム
52 Storys 〜前日ゲネプロ〜
 東京ドーム。 それは晃汰の中では神の巣窟と位置付けられている。 晃汰の永遠の憧れである伝説のロックバンド・BOOWYのラストステージ、最強のユニット・COMPLEXの活動休止ラストステージ、復活ステージ。 X JAPANの解散ライヴに、晃汰が最も敬愛するボーカリスト・氷室京介のラストライヴ・・・ 名だたるアーテイスト、バンドが節目となる瞬間に使ってきたこの屋内球場に、晃汰は並々ならぬ思いを寄せている。 そんな数々の歴史が刻まれたステージに自分が立つことを、彼は未だに整理しきれていないでいる。 

 2Days前日、この日はステージセットや演出の最終確認、軽めの全体リハーサルが予定されている。 真冬到来の日差しの下、晃汰が乗る紅の86は関係者駐車場に滑るように停められた。 Ray Ban のサングラスを着用した晃汰は、コートと小さなバッグを腕にかけてドーム入りをする。 室内に入ってもサングラスを外さずに、荷物を控室に置いてすぐさまステージへとギタリストは向かった。 

 眩いレーザーライトが空中を縦横無尽に行き交い、キャッチーなメロディがドーム球場独特の残響を纏いながら消えていく。 そんなステージが、晃汰の憧れ続けてきたステージである。 メインステージのど真ん中に立ち、客席を見渡したギタリストの頬を、いつしか涙が伝っていた。 感動とか達成感とか、そういった言葉では表すことのできない“何か”が、きっと彼の中を駆け巡っていることだろう。

  「ディレイかけすぎるとくどくなっちゃうな・・・ MIX下げとかねぇと輪郭ボヤけちまう」

 セカンドステージへと伸びる花道を歩きながら、ギタリストは自身のサウンドシステムと、この“大きな卵”との相性を綿密に計算する。 ディレイやコーラスといった音を広げるサウンドを持ち味とする晃汰のサウンドは、会場の残響具合と深く関わってくる。 其の事を充分に理解しているからこそ、ギタリストは自身のサウンドの仕上がり具合をとても気にしているのである。

 自らが走るであろう花道を一通り確認し終えた晃汰は、自身の持ち場について布袋モデルを肩から提げた。 ステージの下手(しもて)、BOOWYの時もCOMPLEXの時も、布袋寅泰が立っていた場所に晃汰は立った。 それだけでギタリストの頬を涙が伝い、彼は暫くの間、涙に滲む客席を見渡していた。

  「まだ泣くのは早いんじゃないの?」

 指先で涙を乾かすギタリストに話しかけたのは、この二日間を最後に乃木坂46から去ってしまう伊藤万理華である。 そんな彼女にあえて眼を合わせぬよう、ギタリストは自身のエフェクターの調整を始めた。

  「丸ちゃん、私いなくなっちゃうけど、皆のことよろしくね・・・ 今日と明日はいつもみたく、思いっきり楽しませてよね」

 感慨深そうに言葉を選ぶ伊藤になおも背を向ける晃汰は、涙を堪えるのに必死だった。 口を開けば頬が濡れることは分かってはいたが、晃汰はどうしても彼女にお礼の言葉を伝えたかった。

  「そういうのは最後までとっておいてくださいよ・・・ 万理華さん、まだお礼は言わないですけど、お世話になりました」

 ギタリストは背後の伊藤に向き直り、深々と頭を下げた。 髪に隠れた彼の眼から雫が零れ落ち、ギタリスト自慢のエフェクターに撥ねた。 一方の伊藤もこみ上げてくる何かを堪えるのに必死で、晃汰の頭を優しく撫でるのに精いっぱいである。 

 大きな息を吐いたギタリストは、全てのシステムを起動して“C”のパワーコードを鳴らした。 数十年前、同じギターを持った布袋寅泰と同じようなサウンドが、“BIG EGG”に鳴り響いた。 憧れのギタリストと同じ位置に立ち、同じ柄のギターを鳴らす。 擦り切れるほど見た『LAST GIGS』の曲順通りに、名曲たちを晃汰はイントロだけ弾いていく。 世代だったスタッフ達がステージに眼をやり、いつもとは違う曲調に驚くメンバー達がステージに出てくる。 そんな連中の視線をお構いなしに、晃汰はひたすらにBOOWYの名曲をコピーした。 

  「嬉し過ぎて調子乗っちゃいました」

 全体リハーサルが始まろうとしている時、晃汰は舌を出して頭に両手をやった。 その恰好は正しく、某冠番組で若月が披露した、秋元真夏のよくある仕草を完全に小馬鹿にしたものである。意味あり気な視線を晃汰は秋元に向け、それに反応した秋元が彼にチョップをお見舞いする。 そんな和やかな雰囲気でも、いざリハーサルが始まれば、皆プロの表情に瞬く間に変わる。 目つき、息遣い、ステージ捌き・・・ あらゆる点でプロのアイドルということを誇示し、圧倒する。 そんな彼女たちに呑まれまいと、晃汰はいつも以上にエッジの効いたサウンドを繰り出し、応戦する。 

 最初から軽めと言われていただけあって、リハーサルは通常の半分の時間で終了となった。 だが、ギタリストは全体解散となった後も、ひたすらにギターを弾き続ける。 彼の予想よりも遥かに東京ドーム内の反響がサウンドに影響を及ぼし、晃汰は何一つそのサウンドに満足がいっていなかったのだ。 そこからPA担当のエンジニアと若手ギタリストとでの試行錯誤が始まった。 ミリ単位での調整に、ギタリストの強い拘りとが重なり、気づけばドームの天井から差してくる光は既になくなっていた。

  「これで大丈夫だと思います。 また明日の朝に確認させてください。 遅くまでありがとうございました!」

 なんとかお互いに納得のいくサウンドができあがり、晃汰は今の今まで付き合ってくれたエンジニアに頭を下げた。 ステージから遠く離れたPA席に座るエンジニアは、そんな若年ギタリストに親指だけを立てて、彼の健闘を祈った。 
 
 自身専用の控室へとギタリストは歩く。 この通路を巨人軍の選手、数多くのアーティスト達が通ったのかと晃汰は一歩一歩を踏みしめながら歩いた。 ふと、メンバー達の控室の扉が少しだけ開かれており、中からは話し声が漏れている。 声をかけることも盗み聞きをすることもなく、晃汰は速度を変えずに控室を通過した。 だがその直後、彼の名が例の控室から呼ばれるのであった。

  「ずっと晃汰のリハーサル終わるの、待ってたんだからね?」
 
 晃汰は半ば強引にメンバー専用の控室に引きずり込まれ、頬を膨らませる衛藤の前に着席させられた。 尚もリスのように頬をパンパンに膨らませる衛藤を見かねた晃汰は、両手で彼女の頬をつぶした。 つぶれた後の衛藤の表情がなんとも面白かった為に、晃汰は思わず笑い出してしまった。 その様子を横から見ていた白石も笑い出し、つられて衛藤も笑い出したのだ。

  「実はね、美彩がまた晃汰と呑み行きたいんだってさ。 二人で行けばいいのにって言ったら、『晃汰と二人っきりはドキドキしちゃう〜』 って言ってたからさ」

 白石が事の顛末を説明したおかげで、晃汰はやっと現状を把握することができ、同時に今夜は帰れないということも悟った。

  「じゃあ僕は今夜、自分のベッドで寝れないってことですね・・・」

 分かりやすくため息を吐いた晃汰は、もうどうにでもなれと言わんばかりに、衛藤に大した全面降伏の両手を挙げた。 気を良くした衛藤は腕を組んで頷き、白石に向かってガッツポーズを示すのであった。


■筆者メッセージ
お久しぶりになってしまいました 時間軸がバラバラですが、また再開したいと思います
Zodiac ( 2018/06/17(日) 22:33 )