61 Storys 〜最後の再会〜
多くのアーティストが集結し、会場の新国立劇場はいよいよといった空気に包まれる。 その中には、晃汰が半年前までともに仕事をしていたAKB48のメンバー達もいた。 晃汰はあえて彼女たちとの接触は避けたが、どうしても一人だけ、彼は挨拶をしておきたい人物がいた。
「遅いよ、来るのが。 ごめんね、私も何も連絡しないで・・・」
人気のない倉庫で、晃汰は卒業を間近に控えた渡辺麻友と対峙する。 渡辺は全てを悟ったように、穏やか表情で晃汰の眼を見る。 対して、晃汰は自責の念に駆られている。 乃木坂に留学中はAKBのメンバーに会うことはおろか、LINEのやりとりですら晃汰は自重をしていた。 それは留学という立場にある為、曖昧にしたくないという晃汰の持論がそうさせていた。 そしてそんな中、渡辺の卒業を晃汰はメディアを通して知った。 自分がスタッフとしての一歩を踏み出した時、最も最初に声をかけてくれたメンバーの卒業は、晃汰に計り知れない大きな穴をあけた。 その時にLINEのひとつでも送信しておけばと彼は後悔したが、やはりそこでも本人の自尊心が邪魔をしたのである。
「いえ、俺こそ、麻友さんが卒業発表した時に連絡をしておくべきでした・・・」
いまさら謝っても仕方のない事と晃汰は思ってはいるが、いざ本人を前にするとやはりあの時・・・といった感情が彼には生まれてしまっている。 そんな晃汰を慰めるように、渡辺は彼の頭を撫でる。
「見ないうちに、『俺』なんて言葉遣うようになったんだね。 もう、あの頃の晃汰じゃないんだね。 私はもう卒業しちゃうけど、みんなの事よろしくね」
そう言って渡辺は、背伸びをして晃汰の頬にキスをした。 いきなりの出来事に、晃汰は思わずいたずら小僧のように笑いを殺した。
「麻友さんはちっとも変わらないですね。 最初のキスも麻友さんからだったの、覚えてますか?」
渡辺の唇が振れた部分を指でなぞる晃汰は、白い歯を見せながら渡辺に訊く。 渡辺は嬉しそうに手を口元へ持っていく。
「よく覚えてたね! 晃汰が私のシングル作ってくれて、その年の総選挙でセンターになった時ね。 あの歌は、卒業しても歌っていきたいし、大事にしていたい。 もし私がコンサート開くって言ったら、ゲストで来てくれる?」
笑顔が一転、真剣な眼差しに渡辺は目つきを変えた。 そんな彼女の眼をしっかりと見据えた晃汰は、頷きながら答える。
「今は乃木坂に留学してますけど近い将来、誰とでも対等に渡り合えるようなギタリストになります。 その時に、歌手・渡辺麻友のコンサートにサポートギタリストで呼んでください。 麻友さんがびっくりするような演奏をしてみせます」
自信家のところは変わってないのねと渡辺から指摘があり、晃汰を苦笑いを浮かべたものの、その発言に今の晃汰の思いが全て込められていた。 果たして、乃木坂の留学生・晃汰とAKB48の渡辺麻友はそこで背中を向けあった。 このことは2人しか知りえないことで、お互いに誰にも漏らすことはなかった。
関係者席に脚を組んで座る晃汰には、もはや意味のない貫禄さえも漂っていた。 乃木坂の披露を含め、拍手をすることは全くない。 ただ乃木坂の勝利だけを信じ、ひたすらその時を晃汰は待った。 そしてその時が刻一刻と、足音を立てるかのように近づいてくるのであった。