AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第5章 47人目のギタリスト
50 Storys 〜シークレット〜
 10月の新潟の空気は少し肌寒く、ギタリストは両手をジャケットのポケットに突っ込んで楽屋入りをした。 神宮から始まったこのツアーも、とりあえずの最終地を迎えた。 東京ドームという大きな箱が控えてはいるものの、最初からメンバーと共にしてきた時間を振り返り、晃汰は感慨深い笑みを口元に浮かべている。

 いつものように軽やかな足取りでステージに上がると、定位置に着く前にステージを一通り見て回る。 花道の端に至るまで、自分がどのように観客から見え、どのようにメンバーを活かすか、毎回シミュレーションを重ねる。 そしてギターを手に取り、いつものサウンドをスピーカーから響かせては、サウンドエンジニアとマイクを通して調整を加える。 会場ごと、気象状況ごとにサウンドは違ってくるため、その都度調整が必要なのは音楽関係者なら誰しもが知っている。 そんなプロでもギターサウンドのリハーサルに1時間を要するのは珍しく、特に自身のサウンドへ対する意識が異常な晃汰は、音を上げるエンジニアを説得してリハーサルに付き合わせている。 

 一通りのギターの調整が終わり、いよいよ全メンバーを動員しての全体リハーサルが行われる。 バックバンド組は私服、メンバーはレッスン着を纏い、あくまで確認程度にダンスと歌を繰り返す。 晃汰も全体の音のバランスを常に意識しながら、定位置に貼りついてギターを弾く。 
  
 メンバー以上に見え方、観客が受ける印象を大切にしている晃汰は、曲と曲の間であっても意見をする。 

  「前からのライトが強いと、横のお客さんとかはまぶしくて全く見えなくなっちゃうと思います。 あの、確認した方がいいですよ、僕もライティングに関してはプロではないので・・・」

 照明担当に微調整を委ね、晃汰は一旦ギターを置いてステージを降りた。 控室には向かわずに、彼は客席へと足を送り出す。 観客がどんな見え方で、どんな音でこの乃木坂46のライヴを体感するのか、晃汰にはそこまでをもマネジメントする責任があるのだ。 数分程度で照明の微調整は終わり、駆け足でギタリストは再びギターを肩から提げ、いつものようにギターを鳴かせる。

 全体リハーサルも終了し、晃汰も全体として、個人としても納得のいくサウンド、仕上がりになった。 前日に1公演をこなした疲労はなく、晃汰はいつもよりもクリアな心身でツアー最終日を迎えている。 最終日の今日は昼と夜の2公演が用意されており、全てを出し切るには申し分のない場数である。 会場ごと、公演ごとに何か変化をつけたがる晃汰は、ギターソロのアプローチや衣装の順番に独自の変化をつけ、楽しんでいる。 

 最終確認を終えて昼の部の開演まで、数時間の時間が空いた。 晃汰は早めにバックバンド組と楽しく昼食をとり、自身の控室のソファで横になった。 いつ誰が訪ねてきてもいいように、晃汰は決まって控室の扉は全開にしている。 そのため、彼の寝顔を目撃したというメンバーが後を絶たない。 

 そんな折、移動のバス車内で執拗にギタリストに近寄っていた梅澤が、彼の控室に遊びに来た。 晃汰が寝ていると知ると、彼女は少したじろぎながらも部屋を出ようとした。 だが、晃汰がいつも着用している銀色のドッグタグが、梅澤の眼に入った。 TOP GUN のトム・クルーズを意識した認識票にどんな言葉が刻まれているのか、梅澤は気になった。 そんな突発的な感情が梅澤を本能的に動かし、息を殺して晃汰の首元を覗き込むまでに発展させた。 銀のプレートには、晃汰の住所や氏名、電話番号と血液型が刻まれていた。 そして、最も下の行に『MK・MM』と彫られていた。 MM は恐らく彼女のイニシャルだろうと察した梅澤は、思わずそのアルファベットを呟いた。

  「MM・・・?」

 その時、段々と眠りが浅くなってきた晃汰が目を覚まし、そして目前に迫る梅澤を見て素っ頓狂な声をあげた。 

  「年上の寝込みを襲うなんて、どんな性癖してんだよ・・・ やっぱ鍵開けとくとこういう変態が入ってくるんだよなぁ」

 寝癖がついた髪をそのままに、晃汰は申し訳なさそうに座る梅澤に珈琲を出した。 自身の分の珈琲を作り、晃汰はだいぶ冷ましてから啜った。 俯く梅澤は、まだ顔をあげようとしない。

  「で? 今日は何用で来たのさ」

 想像以上に熱かった珈琲に顔をしかめながら、晃汰は梅澤の頭頂部を見た。 そこからか細い声が聞こえてくる。

  「晃汰さんとお話ししたくて・・・ あれはただ、ネックレスの言葉を見たくて・・・」

 なんとも歯切れの悪い様子だが、自責の念を遺憾なく醸し出す梅澤に晃汰は肩を落とす。 
  
  「別に怒ってなんかいねぇよ。 どうせならKISSぐらいしてほしかったゼ」

 ようやく適温となった珈琲を飲み干し、晃汰は埋めz輪の向かいに座った。 やっと顔を見せた梅澤は、自身の前に置かれたコーヒーカップに手を伸ばした。 二口啜った梅澤は、思い切って目の前のギタリストに疑問を投げた。

  「晃汰さんのネックレスにかかれてるMMって、彼女さんですか?」

 晃汰は一瞬だけ眼を丸くしたが、再びいつもの冷酷そうな視線に戻った。

  「よく気づいたね。 けど、これ以上は言えないな。 相手の立場もあるし」

 目元を指先で擦りその指先を見つめる癖が出た晃汰は、悪戯な笑みを浮かべて人差し指を立てて梅澤の唇に当てた。 自分の顔が熱くなってくるのがわかり、心臓の鼓動が早くなる。 梅澤はそんな自身の変化に驚きながらも、晃汰の真っすぐな眼を見つめる。

  「だから、俺は乃木坂の誰とも関係を持ってないし、ソウイウ関係になろうとも思ってない。 まぁ、俺にも安心して近づいてきなよ。 こないだのバスの時みたいに」

 ひとつの年齢の差に、これほど驚いたことはない。 いや、今まで自分が出会ってきたどんな一個上の人間よりも大胆で素敵で、そして魅力的。 梅澤は晃汰の控室を出た直後から、そんな事を無意識に考えていた。 あの後、晃汰と梅澤はLINEを交換して別れた。 梅澤の方から一方的に部屋を出て、晃汰は止めることはなかった。 梅澤は、自分の薄い胸の奥が温かくなるのを感じながら、メンバー専用の控室へと向かった。

 ひとり控室に残った晃汰は、長身に端正な顔立ちという共通点が多い森保に電話をした。 

  「なんか、俺らが出会った頃の事を思い出してさ」

 長いコールの末に出た電波の向こうのクールビューティーは、晃汰のそんな第一声に思わず笑みをこぼす。 乃木坂に異動してから連絡の頻度が少なくなった事を不安視していた森保だが、晃汰のひょんな連絡がとても嬉しかったらしく、その後の撮影はとても上機嫌で周囲のスタッフから心配がられるほどであった。


Zodiac ( 2018/05/10(木) 22:02 )