AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters - 第5章 47人目のギタリスト
49 Storys 〜隣席〜
 10月の新潟に初雪の心配はないが、ツアーも折り返し地点を過ぎ、晃汰にも本人のわからぬうちに披露が溜まっていた。 今回の新潟公演にはギタリストもメンバーと同じバスに乗り、来るべき会場へと大型車に揺られている。 

 最も後方の窓際の席を複数確保した晃汰は、タブレットを取り出して今までのライヴ映像を復習する。 リズムのノリ方、エフェクターを踏むタイミング、オーディエンスへの煽り方・・・ その他いくつもの失敗点を自ら見つけ出しては、紙に書き出しているのだ。 それでも、ツアーも回数を重ねれば重ねるほど、彼自身にとっても納得のできる演奏が増えてきている。

 「なにやってるんですか?」

 晃汰が座る前の席の背もたれからヒョッコリ顔を覗かせたのは、梅澤美波だった。 そんな彼女に眼を合わすどころか、晃汰は液晶から視線をずらすことなく梅澤に答える。

 「前のライヴ映像見てて、修正点とか復習してんのよ」

 なおも晃汰は画面を見続け、前方にある端正な梅澤の表情を見ようとはしない。 ん〜と小さく唸った梅澤は、席を移動して晃汰の隣に強引に座った。 

 「・・・お兄ちゃん怖いから、離れた方がいいよ」

 やっとこタブレットを脇に置いた晃汰は、腕を組んで左隣に座る梅澤を見た。 とうとう自分に晃汰が顔を向けてくれたことがよっぽど嬉しいらしく、梅澤は生き生きとした笑顔をのぞかせた。

 「お話ししたかったんで、隣来ちゃいました・・・ 迷惑ですか?」

 甘えるような上目遣いをしてくる梅澤に、晃汰はNOとは言えない。 口元を緩めるだけで返事をし、晃汰は再びタブレットを組んだ脚に置いた。 

 その後、晃汰と隣同士になれたということから、梅澤は彼に質問攻めをする。

 「お休みの日はなにをされてるんですか?」

 「食べ物は何が好きですか?」
  
 「どうしてそんなにギターが巧いんですか?」

 そんな彼女に晃汰は例のごとく視線を液晶に向けたまま答える。 

 「休みの日が決まってないから、時間があれば車をいじってる」

 「好きなものは美味しいものだけど、野菜が全般的に嫌い」

 「自分がギター巧いだなんて思ったことはないよ」

 マニュアル通りの答えの中にも優しさを加えて晃汰は隣のヒョロ長に答える。 その答え一つひとつに梅澤はときめき、そして丸山晃汰という人間をもっと知りたくなっていった。 一方の晃汰は、言い寄ってくる梅澤に特別な感情は抱かずに、ただ黙々と画面を眺め、自分を含めた修正点を見つけ出しては、ノートに書き留めている。

 SAでの休憩を挟んだ後でも、梅澤は晃汰との会話に積極的である。 自分の好きなアイス・カフェオレを梅澤が持ってきてくれた事により、晃汰は気をよくして彼女の話に耳を傾ける。 会話は、お互いの高校生の頃の話や、当時にどんなものが流行っていただとか、とても二人にとって懐かしい話が繰り広げられている。 

 思い出話がひと段落したところで、晃汰は再びタブレットを取り出した。 ふと、晃汰は左肩に重みがかかるのを感じた。 視線を左に移すと、梅澤の頭頂部が彼の視界の左側に現れた。 

  「やれやれ・・・」

 溜め息とともに肩を落とした晃汰は、そっと梅澤の長い身体を受けとめてシートに寝かせた。 自身が着ていたジャケットを脱ぎ、彼女にかけて晃汰は一つ前の席へ移動した。 晃汰の匂いのついたジャケットに包まれながら、梅澤は良い夢を見ていたに違いなかった。

Zodiac ( 2018/04/29(日) 12:51 )