AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters - 第5章 47人目のギタリスト
40 Storys 〜移動時間〜
 怒涛の神宮二日間から一か月ほどが過ぎ、事前に決まっていた全国ツアーへと晃汰は帯同する。 翌日から仙台で三日間の日程でライヴが行われ、公演数は四回となっている。 

  「やっぱ仙台は遠いぜ」

 真っ赤な86から降りて背伸びをし、晃汰は腕時計を確認する。 この仙台公演だけは、晃汰がわがままを言って自家用車の86で、彼は現場入りをする。 他のメンバーやスタッフは貸し切りバスに揺られている。 

  「晃汰の車、すごい疲れるね・・・」

 言い出しづらそうな表情を浮かべ、助手席から相楽伊織が地に足をつけた。 せっかくのこういう機会で、晃汰の隣に乗りたいというメンバーが何人も名乗り出ていた。 その争奪戦の末、第一休憩ポイントまでは相楽が乗ることとなった。 

  「それを承知で乗りたいと言ったのは伊織だけどね」

 フッと鼻で笑いながら、晃汰はほどけた靴紐を結ぶ。 対する相楽は長い髪を風に流す。 

 やがてメンバー達を乗せたバスもSA(サービスエリア)に到着し、二十分ほどの休憩時間となった。 やはり少女たちは軽食コーナーへと群がり、ギタリストもその中に混じっている。 

  「俺の車の中は飲食禁止ですからね。 文句あるんなら乗せませんよ」

 店内で買った珈琲をベンチに座って飲みながら、晃汰は次に助手席に乗る秋元真夏に忠告をする。 秋元はえっという驚いた表情をし、持っていたソフトクリームを急いで食べ始めた。 だが、ここでもやりやがるのが彼女である。 わざと自身の鼻にアイスをつけ、執拗に晃汰に迫っている。 その様子を晃汰はスマホで撮影をし、乃木坂グループに画像を送信した。 すぐさま既読数が増え、恒例となった黒石様が返信をした。

  「ほら、真夏さんが変なことするからまいやんさんが怒ってますよ」

 グループトークの画面を秋元に見せつけ、晃汰は勝ち誇る。 仕方なく自分で拭アイスを拭った秋元は、してやったりという表情をして晃汰の後を歩く。 

  「ちゃんとシートベルトしてしっかり座ってないと、頭飛んでいっちゃいますからね。 特に真夏さんの頭は・・・」

  「何よ? 大きいって言いたいんでしょ」

 86に乗り込みエンジンを始動させた晃汰は、隣に乗り込んでくる秋元に最後の忠告をする。 対して秋元もいじられて満更でもない様子である。 
 
 真夏の夜はいくらか涼しく、明日から始まる三日間もこれぐらいの気温でできたら最高だなと、晃汰は三眼メーター内に組み込まれた外気温計に眼をやる。 隣に乗る秋元は初めてのスポーツカーと、初めての晃汰の運転に興味津々の様子である。

  「さっきからガチャガチャやってるこれはなに?」

 秋元はシフトノブを指さす。 晃汰は得意げに説明を始める。

  「それは、簡単に言うと自転車のギアチェンジするやつみたいなもので、それを動かすにはクラッチを切って・・・」

 後に秋元は、この手の質問を晃汰にしてしまったことを後悔することになる。 それもそのはずで、晃汰の熱弁が終わったのは何個かのIC(インターチェンジ)を過ぎてからであった。

  「車を運転できる人ってかっこいいよね。 わたし免許持ってないからさ、いつかは欲しいけどね」

 余裕の表情でステアリングを操る晃汰に、いつしか秋元は尊敬の念を抱く。 感受性が強い彼女は、自分には足りないものを持っている人間に興味を抱きやすく、いつしかそれは尊敬に変わっていく。 だが、その自分に不足している部分を補おうとはせず、ましてや悲観することなど皆無である。 そこが秋元の良いところであると、まだ数か月しか一緒にいない晃汰は彼女の本質を見抜いていた。 だからこそあの時・・・ 秋元が途中で加入した時、西野が嫌悪感を示した時でも、秋元はめげずに今ある立ち位置までたどり着くことができた。 

  「運転とギターならいくらでも教えられますよ。 いつでもいいですよ」

 気をよくした晃汰は、右足をさらに強く踏み込む。 力強いエンジンサウンドが車内に流れ込み、彼の雄の部分を刺激する。 今までに味わったことのないスピード感に、秋元はまるで子どものように眼を輝かせていた。

  「はい、次は誰ですか?」

 最後の休憩ポイントに到着し、晃汰はいい加減隣が変わることに飽きた様子である。 さっさと決めてくれといった投げやりな表情を浮かべ、彼は屋台の前のベンチに腰掛けた。

  「え? 三人も・・・?」

 喉を通りかけた炭酸飲料を吹き出しそうになりながら、ドライバーは目の前に現れた少女たちの顔を見比べた。 彼の1コ下・同い年・1コ上が揃ってしまった。

  「凄い乗り心地悪い。 ちゃんと運転しろよ」

 合流地点も過ぎないうちに、既に乗り後事に対して文句を齋藤飛鳥は述べる。 率先して乗りたいとせがんだのは誰だっけ、と、晃汰は喉まで出かかったが自重した。

  「未央奈さん、乗り心地はどうですか?」

 そんな齋藤を無視し、晃汰は助手席に大人しく座る堀未央奈に声をかけた。

  「凄い目線が低いんだね。 なんだかレーサーになったみたい」

 先ほどの秋元同様、堀も無邪気に眼を輝かせ、全く間に移り変わる景色を見渡す。 

  「未央奈ばっかりに気遣って、少しはみなみにも話しかけてよ!」

 晃汰の真後ろに座る星野みなみは、さっきから隣にしか話しかけない同い年のドライバーにご機嫌斜めの様子である。

  「年上に気を遣うのが縦社会だからね」

 素っ気なく彼は答えるが、同級生愛は彼女らよりも人一倍強い。 先日もお忍びで星野・樋口・相楽・川後・山崎の五人に晃汰をプラスした『二十歳会』を開催し、企画から幹事まで全て晃汰が担った。

  「そういう奴だよ、アイツは」

 斎藤はフッと鼻で笑い、吐き捨てた。 そういう齋藤も、お忍びで晃汰とスタジオ入りしてドラムの練習に付き合ってもらう仲である。 『乃木團』のメンバーでもある齋藤は、来るべき再演の日を待ち望んで自主練に励んでいる。 当初は晃汰と齋藤の二人だけの練習ではあったが、徐々に乃木團メンバーの中田花奈や川村真洋なども参加するようになり、晃汰がギターやベースを教えるといった交流が生まれているのだ。 そんなことも手伝って、齋藤は彼に気兼ねなくタメ語を利けるのである。

  「さぁ、そろそろホテルに到着するよ」

 とっくに高速を降りて一般道を86は走っていて、ナビの画面を見た晃汰は三人に下車の準備を促した。 だが、誰一人として睡魔に打ち勝った者はおらず、皆可愛らしくも無防備な寝顔を晒している。 その様子がなんとなくユーモラスであった為、晃汰は例によってその様子をスマホの画面に収め、乃木坂グループに送信した。 その一件で、三人からかなり晃汰に説教が入るのは、まだ数時間後の話である。

■筆者メッセージ
今回は車を多く登場させてみました。 作者も雄なものでして、車大好きなんです(笑)
Zodiac ( 2017/12/11(月) 22:02 )