36 Storys 〜からあげ、合流〜
前日に最高のパフォーマンスを魅せたギタリストは、昨日よりも早く会場を入りをした。 自分自身としてはパフォーマンスに関して全く納得がいっていない様子で、しきりに前夜の感覚を自分で思い出しては、ため息を吐いている。
裏口から入り控室に荷物を置くや否や、晃汰はすぐにステージに上がった。 すると、遠くセカンドステージに誰かが踊っているのを、サングラス越しに彼は見た。 ギタリストのイヤモニからはボーカル抜きの楽曲と、それに合わせた透き通るような歌声が流れる。 歌声だけで誰かを特定したギタリストは、ギターを抱えてその曲を弾き始めた。 自分の歌声にギターのドライヴサウンドが加わるものだから、第二ステージで歌っていた女性はビックリした表情で、メインステージに顔を向けた。
「朝練付き合いますよ、生ちゃんさん」
遠いメインステージで、白黒のギターを携えたギタリストが、マイクを通して生田に語りかける。 レッスン着の裾で汗を拭った生田は、そんな晃汰に同じようにマイクを通して答える。
「じゃあ、ダンケシェーンのボーカルライン、ギターで追ってくれる?」
生田の可愛いお願いに晃汰は右手を上げて答え、イントロだけを彼が歌って生田のソロが始まった。 力強くも繊細な生田の歌声が晃汰のギターとマッチし、極上のハーモニーが二人の耳だけに広がる。 グループきっての歌姫と自分が繰り出す音が織りなす世界観に、ギタリストは朝から健全な快感を味わっている。
「昨日舞台終わってから、マネージャーさんと合流して初日のDVDもらってさ。 それを家でずっと見てたの。 リハーサルはもう今日だけで大丈夫だと思うけど、なんか皆に出遅れてる感があって嫌だったから、早く来ちゃった」
セカンドステージのど真ん中に行儀よく体育座りを二人はして、水を飲みながら生田は前夜の動きを隣で座る晃汰に明かす。 果たして彼女はいつ睡眠をとったのだろうと晃汰は疑問に思ったが、負けず嫌いな彼女の瞳に晃汰は考えるのをやめた。 お尻のほこりを払うと、再び二人だけの朝練が始まった。
前日のリハーサル開始時刻よりも、本日二日目のリハーサル時刻は遅めに設定をされている。 前夜に蓄積した疲労を考慮し、舞台監督がわざと遅らせたのである。 だが、そんな思いやりも空しく、メンバー達はいつものように自主練習を始めている。 昨日よりも神妙な面持ちでエフェクターを微調整し、晃汰は納得のいくサウンドを追求する。 厚みがあって広がりがあり、且つ一音の粒立ちがはっきりとしているサウンドを、彼は探し求めているのである。
リハーサルも無事に終了し、開演までは自由時間となる。 ギターのメンテナンスを入念に行ったギタリストは、機材の写真を公式インスタグラムに投稿をした。 その様子を彼の背後からのぞき込むのは、生駒と秋元だ。
「私たちも載せてよ〜」
彼女たちがこんな可愛くおねだりをするものだから、晃汰は彼女たちの2ショットを撮ってインスタグラムにアップをした。 先ほどの機材写真よりも圧倒的な数の『いいね!』が押され、晃汰は少し複雑な心境に陥った。
そんな秋元たちとの茶番を終え、晃汰は控え室へと引き上げた。 この神宮が真夏のライヴツアーの初っ端だと聞かされたのはつい何時間か前で、まだ彼女たちと歓びを分かち合えるのだと、晃汰は胸をなでおろしていた。 だが、今の彼は目の前のライヴに最高のサウンドを響かせることにしか能のないギター馬鹿である。 いつものようにシャワーを浴びると、前日にも世話になったパスタ屋に二日連続で出かけて行った。