AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第4章 坂シリーズ
33 Storys 〜イントロ〜
 神宮本番初日、ギタリストは前日よりも遅く現場入りした。 当日リハーサルは昼前から行われるため、晃汰は開始時間の1時間前に合わせて控室に入った。

  「昨日のリハの音源聴き返したんですけど、俺の音がこもって聴こえたんですよ・・・ イコライザもフラットな状態の車で聴いてみて、家帰って部屋でも聴いたんですけどこもってて・・・ ちょっと弾いてみるんで、聴いててもらっていいですか?」

 控室を出た晃汰は真っすぐにPA席へと向かい、昨日の不安点をサウンドエンジニアに相談する。 エンジニアも親身になって年少ギタリストが抱える問題を、ともに解決へと考える。 その後、PA側の調整を行った結果、晃汰もエンジニアも両者が納得する音質へと変化した。

 当日リハーサルは、外に並んでいるファンに披露する楽曲がバレないように、アンプなどのボリュームを最小に絞って、その音をマイクで拾ってメンバー達のイヤモニに入れる形であった。 前日リハーサルでも同様の形がとられており、晃汰にとっては少し物足りなさを感じていた。

 リハーサルは一周だけ頭から最後まで通し、終了となった。 小さな不安点は数えるぐらいあるが、クオリティを壊すほどのものではないのでそのまま本番に望む方向となった。 

 リハが終わると、晃汰は控室に戻ってシャワーを浴びてコロンを叩いた。 炎天下でのリハーサルは確実に演者の体力を奪っており、髪の毛も乾かさずに、晃汰は二人掛けのソファに吸い込まれてしまった。 スマホでアラームを設定しておいたお陰で三十分ほどで起きることができたが、なにもなければライヴの花火をここから見ていたかもしれないほど、晃汰は熟睡をしていた。

 開演まで二時間ほどの時刻になり、晃汰はライヴ前の勝負飯のパスタを、神宮球場周辺のお店に食べに行くことにした。 ライヴ前の食事はきまってパスタを彼は選んでいて、炭水化物が体内で糖質に分解され、エネルギーが爆発する。 試合前にパスタを食すアスリートが多いと何かの雑誌で読んだ晃汰は、それ以来ライヴの前にパスタを食べるようにしているのである。

 ただ、このあまりにも有名なスタッフ兼ギタリストがサングラスだけで、どうして人目をかいくぐれるだろうか。 関係者出入り口から出た彼を、騒ぎ立てないファンなどいなかった。 たちまち彼の周りには人だかりができ、サインや写真をねだるファンが後をたたない。 そんな中、彼は明らかに自分よりも年下のファンにも敬語で接し、笑顔でファンサービスに応じる。 サインをしたり写真に写ったりと、芸能人さながらの注文にも嫌な顔をひとつせずに、ギタリストは応える。 否定的な連中ばかりだと思い込んでいた晃汰は、改めて乃木坂ファンの懐の深さに感動すら覚え、サングラスの奥で涙を浮かべていた。

 三十分ほどファンサービスに応じたところで、晃汰は意を決して歩き出した。 事前に調べたパスタ屋の方角へ歩くと、それを追いかけるようにファンも移動した。 店に到着するまで、彼は歩きながらサービスを行い、無事に店に入るとミートソーススパゲティを注文した。 さすがに店内にまで入ってくるファンはおらず、晃汰は一息ついてスマホを開いた。 案の定、SNSで自分のことが話題になっており、改めて情報化社会の迅速さに晃汰は感服をした。

 食後の珈琲を楽しんだ晃汰は、会計を済ませて店を出た。 直後はファンが近くにいないために見つかりはしなかったが、やはり会場近くになってくると自然とファンが押し寄せてきた。 そこでもギタリストは丁寧にサービスに応じてから控室へと戻った。 
 本日二度目のシャワーを浴び終えたギタリストは、すぐさまメイクタイムへとうつる。 まずは髪の毛をワックスでセットし、次に目元のメイクにうつった。 普通は演者のメイクはスタイリストが担当するが、彼は進んで自らでメイクするのである。 少しの調整点を言い出しづらい彼は、時間をかけて自分ですべてをやりたい為である。 目元のメイクはバンド時代の氷室京介を意識し、真夏であるにも関わらずに裾長の真っ黒い衣装に袖を通した。 セクション毎に衣装替えをギタリストは行う予定で、初日だけでも五着の衣装が用意されており、MCなどのブレイクタイムで着替えを行うのである。

 開演二十分前、衣装と雰囲気を纏った晃汰はバックヤードにいた。 すでに乃木坂メンバーのみでの円陣が組まれており、その周りに待機するバックバンド組と晃汰は談笑をしている。 やがて演者全員で円陣を組み、その円の中心に晃汰が置かれた。 地声で、晃汰は全員を見渡しながら気合い入れの言葉を発する。

  「神宮2Days初日、伝説はここから始めましょう。 バックバンド組は最高の演奏をするので、乃木坂ちゃんは最高に可愛い勇姿をお願いします。 じゃあ、行くぞ!の後に、おー! でお願いします。 ・・・神宮初日、努力・感謝・笑顔で行くぞ!!」

  「おぉー!!!」

 乃木坂固有の円陣の台詞を入れる晃汰の粋な計らいに、メンバーはすっかり笑顔になった。 演者全員が右足を一歩踏み出して気合いを入れ、最後は拍手で頭を下げた。 それから、熱気が冷めないうちに晃汰はメンバー全員と固い握手を交わし、自分のスタンバイ位置についた。 表舞台では晃汰が手掛けたメドレーが映像とともに流れており、ファンの熱気は早くも限界値を突破しそうなほどである。

  「バックバンド組、お願いします!」

 スタッフの一人が出番を知らせ、晃汰は不意にいるはずのない京介に親指を立てた。 相方のいない初めてのライヴに少し寂しさを感じつつも、ギタリストはいつもの眼をしてステージに出ていった。 最後にステージに上がったギタリストが定位置についた頃、乃木坂メンバーがメインステージや花道、セカンドステージといった至るところから登場した。 メンバーの登場にファンが沸き立つなか、ギタリストは静かに一発目の曲『会いたかったかもしれない』のイントロを力強く刻み始める。 晃汰にとっての乃木坂伝説が、今始まった。

■筆者メッセージ
乃木坂とロックの要素を入れすぎてしまっている気がしますが、作者の嗜好なのでご勘弁ください(汗)
Zodiac ( 2017/10/09(月) 23:37 )