AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第4章 坂シリーズ
22 Storys 〜打ち明け話〜
  「うえ〜・・・ 腰痛持ちの私には絶対買えない車だわ・・・」
 
 晃汰の真っ赤な86に腰を屈めながら乗り込む橋本が、苦笑いを浮かべる。

  「スポーツカーなんで、低くしないと操作性が悪くなっちゃうんですよ」

 内心は申し訳なさでいっぱいの晃汰ではあるが、まさか橋本のために車を選ぶ訳でもないことはわかっている。 そんな彼女の背中を後方から支え、サポートする。
 
 リハーサルが終わった直後、いつもなら居残り練習をする晃汰ではあったが、今夜は乃木坂一のクールビューティーに誘われ、ギターの手入れを済ませるとすぐにシャワー室へと向かった。 汗を流し、橋本に連絡を入れて彼女と合流する形となった。

  「弟は悠太(ゆうた)っていうんだけど、医大の2年生なんだよ。 頭がすごい良くって、奨学金も援助してもらえてさ」

 歩道を歩く人々の目線よりも低い位置から東京の夜景を見上げながら、橋本は誇らしげに弟のことについて語り始めた。 やがて、自分の家族や過去のことに関しても口を開き始めた。

  「そんな過去をお持ちのクールビューティーさんとデートできるなんて、光栄ですね」

 ギアをセカンドからサードに上げた晃汰は、ちらりと橋本の横顔を見ながら言った。 だが、その横顔にどこかさみし気な影があるのを、晃汰は見逃さなかった。 あえて問いただすことはせずに、橋本の指定する場所へとアクセルを吹かす。

  「あ、姉ちゃん!」

 ほぼ定刻通りに到着した2人は、橋本の弟である橋本悠太と合流する。

  「久しぶり。 この人が、悠太と同い年ですっごくお世話になってる晃汰ね」

  「やあ、初めまして。 丸山晃汰だよ。 お姉さんにはとても世話になってるよ」

  「こちらこそ。 橋本悠太です。 お噂はかねがね、姉から聞いてるよ」

 同い年というだけで、最初からこうも仲良く話せてしまうのかと、橋本の少しの不安を彼らは払しょくさせた。 軽い自己紹介を終えた後、橋本が予約したという小さなフランス料理屋に3人は入った。
 西海岸のジャズが流れるとてお洒落な店内で、彼らは楽しく食事をしている。 滅多に酒を飲まない橋本が、珍しく白ワインを飲み、晃汰と悠太はソフトドリンクの入ったグラスを傾ける。 次々と運ばれてくる色鮮やかな料理に舌鼓をうち、3人はとても良い時間を過ごしている。

  「・・・で、今日は2人に言っておきたいことがあるの」

 デザートが運ばれようとしている時分、橋本がいつものトーンで2人を釘付けにする。 動揺した様子を全く見せることのない悠太を見て、やはり彼も察していたのかと頷く。 

  「実は、乃木坂を卒業しようと思うの。 もうマネージャーさんには話していて、乃木坂を卒業したら、芸能界もそのまま辞めるつもり」

 テーブルクロスに指先で円を描きながら、橋本はなんの迷いもなく打ち明けた。 その清々しさを目の当たりにし、尋常ではない決断なのだろうと相対する男連中は感じ取った。

  「まぁ、姉ちゃんの人生だから、姉ちゃんが決めたように進めばいいよ。 姉ちゃんのお陰で大学行けたようなもんだし」

 運ばれてきたデザートにフォークを入れながら、悠太は少し低い声で橋本の決断を後押しする。

  「・・・できれば、もっとななみんさんと仕事がしたかったです。 けど、ななみんさんももういいお年ですし、結婚だって考えなければならない年齢ですもんね。 ・・・結婚式は呼んでくださいね」

 明らかに涙声になっているのが自分でもわかっていた晃汰だが、無理やり笑顔を作って橋本に笑いかけた。 そんな彼を微笑みながら見つめる橋本に、晃汰は一層切なさを感じてしまった。

  「今夜のことは、まだ誰にも言わないでね」

 店先での別れ際、橋本が最後に言った言葉である。 いずれ言わなくてはいけない日が来てしまうことを、晃汰はハッキリとわかっていた。 だが、あわよくばその日が来ないことを彼は祈っていたいだろう。 橋本に返す言葉もなく、ただ頷くことしか彼女にできなかった晃汰は、橋本姉弟の背中に小さく馬鹿野郎と涙交じりに囁いたのだった。

■筆者メッセージ
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Zodiac ( 2017/08/12(土) 23:01 )