AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters - 第3章 博多の活躍
11 Storys 〜スタジオ練習〜
 全国ツアー最終公演となる横浜アリーナ公演まで残り1カ月となったこの日、個人練習しかしていない楽器隊を集めての全体リハが行われる。 演者ではないのに自慢の機材をスタジオに運び込み、勝手に音を出して楽しんでいる晃汰を尻目に、講師役の池山と吉沢はソファに腰掛けている。 

 指原支配人と尾崎支配人、晃汰と宮崎の4人での会議の後に、晃汰はとある人物たちと連絡を取っていた。 それは、彼が高校で組んでいるバンドのドラムスとベースを担当している連中だ。 晃汰は2組に籍を置いており、京介は隣の3組に属している。 ベースを担当しているのは池山巧(いけやまたくみ)である。 クールな性格で、バンドの縁の下の力持ち。 白熱するバンドの論戦でも一歩下がり、常に周りを見て的確な判断をする事を得意としている。

 1組の吉沢周斗(よしざわしゅうと)はドラムを担っている。 パワフルなドラミングが魅力的で、バンドの中では兄貴的存在であり、晃汰とはツンデレの仲にある。

 そんな気の知れた2人を呼びつけ、晃汰は少しの焦りや不安を抱かずにリハーサル開始を待つ。 紙コップにプラスティックの取っ手を取り付けた即席カップに、コーヒーメーカーから落ちるカフェラテを淹れる。 楽器が置かれている部屋とは違う部屋で、ソファに腰掛けながら晃汰はカフェラテを堪能する。 ほんのり甘い蒸気が鼻先を蒸らし、何とも言えない匂いが鼻腔を突き抜ける。 最近のマイブームである珈琲を手に上機嫌な晃汰は、空になった紙コップを捨てて再びギターを肩からぶら下げた。 

 本村らバンド組がスタジオに到着したのは、晃汰が自分のエフェクターのセッティングを微調整している頃だった。 来たか と晃汰は口元を緩めて3人を招き入れ、池山と吉沢も彼女らを歓迎する。 ほどなくして音楽担当の宮崎も姿を現し、とりあえずの面子は勢揃いとなった。

  「じゃあ、一回通してみようか?」

 いつもの通り、宮崎の乾いた声が防音壁に吸い込まれていく。 彼のこの言葉を皮切りに、本村のカウントで曲が始まる。 一般的な学校の教室ぐらいの大きさのスタジオで、講師役の3人はそれぞれのパートナーの近くにしゃがんで音を確認する。 一方の宮崎はパイプ椅子を何処からか持って来て、脚と腕を組んで座っている。 

  ONLY YOU

 当時、ボーカルの氷室京介が流産してしまった夫人に宛てて書いた曲と言うことはあまりにも有名で、そのストレートに愛を謳う歌詞は多くの人間の共感を生んだ。 布袋寅泰によるアドリブ満載のギターソロも魅力の一つで、唯一無二のサウンドで曲に華を添える。 若い世代のファンにはドッチラケと言うことは指原を含め、スタジオにいる男連中は分かりきっていた。 だが、唄って踊るだけがHKTではないという事を提唱するには、ちょうどいい起爆剤ではないかと彼らは心のどこかに秘めている。 

 通しが終わり、宮崎が口を開く前に講師の連中が手直しを始める。 各々の間違ったところや不安な個所を入念に指導する。 だが、講師の3人が驚いたのは、少ない練習時間の中でメンバーがとりあえず人に聴かせられることが出来るくらいのレベルに達していたことだった。 そのお蔭で、素人に求めるレベルよりもはるかに高いクオリティを男どもは注文しするようになってしまい、メンバーはさすがに苦笑いをしている。 

  「このエフェクターを踏むタイミングは、ソロの少し前だよ。 さっきは踏むタイミングが前過ぎだったから、よく聴き分けてから踏もう」

  「しっかり弦にピックを当てないと強い音が出ないんで、時々手元を見て確認しましょう。 あとは、ベース弦は太いとは思うんですけど、左手頑張ってください」

  「たまにスネアのタイミングがズレるから、もうちょっと周りの音も聴きながら叩けるといいかなぁ」

 ギターの山下は晃汰に教授し、池山は1コ上の穴井に敬語で接する。 同い年の本村に容赦なく指摘を吉沢はするが、頑張り屋の本村は眼の輝きを失うことなくスティックを握りなおす。 

  「こりゃ、相当やばいもんができあがるな・・・」

 6人に聞こえるか聞こえないかぐらいの小ささで呟いた宮崎は、演奏の再開を待って再び椅子に座りなおした。 

■筆者メッセージ
だいぶお久しぶりになってしまいました・・・ 
Zodiac ( 2015/11/10(火) 21:15 )