12 Storys 〜開演前〜
バンドの形が見え始めた頃、横浜アリーナ用のセットリストでのリハーサルが、都内の練習スタジオで行われている。 今回も晃汰と指原支配人の提案で、全編生歌・生演奏で構成される。 このことがメンバーにどれだけの
重圧をかけるかを二人は理解しているが、CD音源を聴きにお金を払わせることに対して違和感を持っていた彼女達には、当然の判断である。 それに、自分もミュージシャンとして一枚噛みたいという考えが、晃汰にはあったからというのも、要因の一つと言えるだろう。
AM 8:00、大きなスタジオにメンバーの円が出来上がる。 真ん中にはもちろん指原支配人、そして、この公演で音楽担当総指揮兼ギタリストという肩書を与えられてしまった、晃汰が立っている。
「分かってると思うけど、横アリ(横浜アリーナ)も全部生歌でやらせてもらいます。 コンサートで必要なのは巧さじゃなくて、やり切れる根性があるかどうか。 間違えても焦らないで、しっかり構えていこう」
TVで見ている指原とは全く違う眼の指原の横顔を見ながら、晃汰は頷く。 体育座りをして彼女の話を聞くメンバー達の眼の色も全く違う。 瞳の奥に炎が燃え上がっているのが晃汰に見て取れる。
「これは僕がいつも言っている事なんですけど・・・」
指原からバトンを受け取った晃汰は、一瞬背伸びをしてから口を開いた。 殆ど年下か同い年しかいないHKTでも、彼は決して敬語を忘れない。
「練習の時は、世界で一番下手くそだと思って練習するんです。 ですが、本番になったら、自分は世界で一番うまいんだって思ってプレイするんです。 本番は後ろに僕もいますし、できるだけ花道にも遊びに行くんで、安心してください。 とにかく、たのしみましょう」
AM 8:30、本番用のSEがスタジオに流れ、観客こそいないものの、張り詰めた雰囲気は本番そのものである。 同じ方向に伸ばされた手足がメンバー達の一体感を体現し、生歌の醍醐味である息づかいが、微かに会場内に反響する。 いつものようにサングラスをかけている晃汰は、その様子をPA席から眺める。 レンズ越しでも彼が眼を細めているのがわかり、圧倒的な
雰囲気も合わさって、より誰も彼に近づくことが出来ない。 17年しか生きていない人間が出すことのない氣を晃汰は纏っており、もはや結界として彼の周囲にそびえたっている。
一通りの確認を終えた後、晃汰はステージ袖へと移動し、ギターを肩からぶら下げた。 指と腕の関節を軽くほぐし、すぐさまステージの自分の位置へと向かった。 ギタリストとして確認すべきことが、彼にはまだ山ほど残っている。
「ロックグループじゃないから、ギターの音がジャンジャン聞こえるのは間違いだと思います。 あくまで調味料程度にしないと、ギター音がっつりのギトギトになっちゃいますよ」
音のバランスをラーメンに例える晃汰に、楽器隊とPA関係者はただ頷いている。 あくまで主役は晃汰ではなくメンバー達であり、焦点は彼女達にあてなければならない。 その事をいつの瞬間からか履き違え、いつしかスタッフの間では方向性さえも違っていたのだ。 17歳のギタリストの言葉で眼を覚ました連中は、あるべき姿のHKT48のライヴへと軌道修正をしていった。