AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











小説トップ
第11章 Generation
100 Storys 〜最期〜
 一曲、また一曲とセットリストが消化されていく。いや、消火と言った方がいいだろう。それだけ、晃汰を含む演者達の熱の入れようが半端ではない。それは何より、今日を最後に去ってしまうキャプテンの為に・・・

 前半を折り返し、バックバンドは一度舞台裏に引き上げた。ギタリストはもう既に肩で息をしている。それはハードすぎるステージアクションによるものではなく、胸の痛みからくるものである。それを隠す様に晃汰は笑顔を取り繕い、用意されたパイプ椅子にもたれた。もう痛みさえも楽しく、どこか可笑しく感じるぐらいの境地に晃汰は至ってしまっていた。

 ギタリストが椅子から立ち上がり、そしてステージに向かう時間が驚くほどに早かった。怪我を周囲に察せられない様にする為なのか、自分自身に暗示をかけようとしているのかはわからない。ただ、晃汰は平生を装っていることに間違いはなかった。

 衣装を着替えたギタリストは、痛みから出るアドレナリンも相まってアグレッシブにステージ中を所狭しと駆け回る。時にはステージを下りて客席近くまで出向いて観客を煽り、そして自分も気持ちよくなる。だがその眼には、既に堪えているものがある。歯を食いしばり、必死に涙が溢れぬ様に晃汰はギターを鳴らす。そんなギタリストの様子を汲み、メンバー達も彼の周りに集まっては共鳴する。

 本篇の最後の曲は、晃汰が乃木坂46離脱直前に作った『Sing Out!』だった。当時の思い入れ、そして桜井への想いが交錯してとうとうギタリストの頬に、涙が伝った。眉間にシワを寄せて遠くを見るようにして、晃汰はあたかも泣いていないように見せるが、メンバーからも観客からもバレてしまっている。それでも、丁寧にそして繊細に弾き終えると誰よりも早くステージを下りた。顔面の汗を拭うようにみせかけ、涙を必死に拭く。前屈みになった後ろ首にタオルで巻かれた保冷剤がのせられ、熱くなった心身をクーリングする。次のアンコールで最後である、晃汰はそう自分に言い聞かせながら顔をタオルで拭う。

 アンコールは、晃汰が桜井の為に書いた『時々、思い出してください』から入った。苦手な鍵盤を多用して作られた専属ギタリスト渾身の卒業ソングは、桜井への感謝の気持ちが随所に表れていた。桜井の繊細且つ伸びやかな歌声と完璧にマッチしたこの曲は、レコーディング時に桜井本人が感極まって泣き出してしまうほどの出来栄えだった。赤とピンクに染め上げられた神宮で、桜井は終盤こそ涙で詰まるものの、晃汰の繊細なギターの音色に支えながら立派に歌い上げた。

 現役メンバーが再登壇し、まだアンコールは終わらない。『僕だけの光』では怪我による療養中の井上小百合がサプライズ登場し、バラードで下火になっていた会場のボルテージが再び上がった。

「来るなら言ってくれれば良かったのに」

 曲が終わった瞬間のちょっとしたブレイクタイム、晃汰は井上に悪戯な笑みを浮かべた。

「言っちゃうと、サプライズの意味がなくなっちゃうでしょ?しかも、療養中の身なんだからさ・・・」

 井上はどこか楽しそうに晃汰に答えた。この時、井上の中では既に桜井の“後を追う”覚悟が出来てしまっている事など、ギタリストが知る由もない。井上はいつかこの事を晃汰に言わなければ、そんな事を思いながら目の前で眼を赤くしている晃汰の頭を撫でる。

「ほら、まだまだ終わってないよ?玲香の為に、最高のギターを弾いてきてよ」

 井上の優しさに溢れた声に後押しされ、晃汰は大きくて深呼吸をしてステージの真ん中へと戻った。晃汰がステージに戻るのをきっかけに、新キャプテンである秋元から桜井へ向けて手紙が読まれる。その間、晃汰はメンバー達とは離れて自慢の機材の前に立ち、ギターをさげたまま腕を組む。最初は俯いて秋元の話を聞いていた晃汰だが、とうとう堪えきれなくなり彼は回れ右をして背を向けた。天を仰ぐが、涙が止めどなく溢れる。1987年のクリスマスイヴ、布袋さんはこんな心境だったのかと、晃汰は自分を落ち着かせる為に大好きなギタリストの後ろ姿を想像する。

 ライヴ終盤でのテッパン、『乃木坂の詩』を全員で合唱する。淡く切ない音色を響かせ、晃汰も桜井の最後に華を添える。本来であればここで終わりのはずだが、ポンコツキャプテンは最後の最後でもポンコツっぷりを発揮した。

「本当の最後に、『会いたかったかもしれない』をやりたいな」

 客席を埋め尽くすAudienceの目の前で、桜井は晃汰に耳打ちをした。静かなバラードを歌い上げ、その余韻を胸に桜井を卒業させる。当初の晃汰の目論見ではそういった筋書きである。だが、予定は未定である。

「いけるよな?」

 自身を取り囲むメンバー達に、晃汰は挑発的な眼を向けた。既に眼を赤くしている面々は、元気よく首を縦に何度も振った。満足したようにギタリストは指を鳴らし、最後の曲紹介を桜井に任せて一旦ステージ裏へと消えた。ギターを取り替えるのと、舞台裏のスタッフに“最後の準備”をさせる為である。さすがポンコツだぜ。晃汰は誰にも聞こえない声で呟いた。

 台本に予定されていない為、フォーメーションももはやお構いなしだ。メインステージ、センターステージ、花道を所狭しとメンバー達が駆け巡り、そしてギターを抱えたギタリストが踊りながらプレイする。やはり桜井の元に人は集まり、ファンは思い思いの感謝の言葉を彼女に叫ぶ。そんな様子を見て、オーバーワークを遥かに超えたパフォーマンスを晃汰は披露する。そのおかげでギターの最も細い1弦が切れというアクシデントを招いた。そんな悪夢を楽しむかのように、晃汰は口元に笑みを浮かべて切れたままのギターをかき鳴らす。

 アドリブのWアンコールを終え、晃汰は桜井と固い握手を交わす。二人の目にはもう涙はなく、代わりに充実感に満ちた笑顔をしている。肩から下ろしたギターを高々と客席に掲げ、晃汰は熱い客席とファンに背中を向けた。卒業ライヴの時、晃汰は決まって誰よりも先にステージを下りるのだ。キャプテンが代わっての乃木坂46新時代、ワクワクしている自分と、何処か物悲しさを感じる自分がいる。秋元キャプテンをサポートすると決意を新たにしたものの、どうしても桜井の後ろ姿を追いかけてしまう。そして目の前で卒業していったOG達。この先必ず卒業者は続出し、自身やメンバーが引き止められぬ事など百も承知である。それでも、今を楽しみ今を生きる。それが自ら炙り出した答えだった。俯き気味だった顔を上げ、晃汰はステージから外れて舞台裏に下りる階段を下る。

 だがその途中、壮絶な胸の痛みと鈍器で殴られるような頭痛に襲われる。視界が段々と狭くなる。助けを呼ぼうにも声が出ない。すると足の感覚がなくなり、景色がメリーゴーラウンドに乗ったように回り出す。身体中を打ち付けられる衝撃が何回も走り、背中じゅうに床の冷たい温度を感じる体勢で景色が止まった。ゆっくりと暗くなっていく視野のなか、晃汰が最後に見たのは盟友の血相を変えて慌てた表情だった。
BACK | INDEX | NEXT

■筆者メッセージ
これにて、第二弾は完結です。近々第三弾を出します。
Zodiac ( 2020/01/04(土) 16:19 )