AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











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第11章 Generation
99 Storys 〜終わりの始まり〜
 9月になっても、焼け付く日差しが弱まることはなかった。前日に負った胸の痛みで睡眠をとる事が出来なかった晃汰は、目の下を隠すためにいつもよりも濃度が高いサングラスを着用し、球場入りした。

「いいか、ミスは許されないぞ」

 控室に荷物を置いてすぐにステージに上がった晃汰が、自身の隣を歩く竜恩寺に向かって呟く。

「わかってる。バックアップは万全だから、暴れていいよ」

 竜恩寺は胸を反らして、晃汰の背中を叩く。その瞬間、晃汰は激痛に口元だけを歪めるが竜恩寺に悟られぬ様、すぐに表情を戻して会話を続けた。

 ギターを持ってしまえば、胸の痛みはいくらか和らいだ様に晃汰は感じた。極力上半身を捻る動作は控え、あくまでリハーサルとしてのスタンスを保ったまま事なきを得る。控室に戻り、体温の上昇によるものではない汗をデオドラントシートで拭き取り、晃汰はゆっくりとソファに腰掛けた。自己流で巻いたテーピングが少し効果をもたらし、前日にあった痛みも多少は穏やかになった。だが、まだ寝転がることはできない。晃汰はソファに座ったままスマホを弄り、開演までの時間を控室内で過ごした。

 開演二時間前となり、晃汰は動き始めた。痛み止めの代わりとしてエナジードリンクを過剰摂取し、心身をハイにする。胸のテーピングはタンクトップ姿になった時でも見えない様、全身鏡に自身を写しながら処置をする。そして化粧。睡眠不足による目のクマと痛みによる顔色の悪さが分からぬ様、いつもよりも大げさに目元のメイクを施す。完成した自身の顔を見ると、晃汰はどこか初期のBOØWY時代の氷室京介と重ね合わせた。

 開演30分前、演者は全員が舞台裏に集まった。自然と円が出来上がり、その真ん中に今夜の主役がいた。

「最後だね、この円陣も・・・」

 桜井は、感慨深そうに自分を囲むメンバーたちに目をやる。至る所からすすり泣く声が聞こえる中、晃汰は一人円から外れると、背中を向けて俯いた。主役が笑顔でいるのに対し、送り出す側の人間はもう開演前から涙腺が限界を迎えていた。それでも、晃汰は自分を律して円陣に戻った。隣同士の秋元と白石が、彼の背中を優しく摩った。そして、いつもの掛け声で演者の心が一つになった。

 メンバーと戯れることなく自分の立ち位置へと向かった晃汰を、二人のメンバーが追っかける。

「背中、どうかしたの?」

 白石が、神妙な面持ちで晃汰に問う。白石と秋元は、晃汰の背中を摩ったときに感じた、僅かな感触を見逃さなかった。真夏の野外の為に晃汰は薄手の衣装を着用していたが、それが仇となって二人にテーピングの存在を察せられてしまった。

「まさか、昨日転んだ時の・・・」

 前日の出来事を思い出し、何かに気付いてしまった秋元が、背中を向ける晃汰に更に問いかける。だが、晃汰は二人に答えるどころか、振り向きもしない。

「ねえ、怪我してるの!?大丈夫なの!?」

 そんな晃汰の対応に痺れを切らし、白石の口調が強くなる。

「ちょっと痛めただけです。背中のはテーピングで、気休めです。じゃあ、ステージで会いましょう」

 なおも振り返らずに晃汰は二人にそう言い残し、暗いステージ裏の奥へと消えていった。取り残された二人は、何もできなかった自分に対しての苛立ちからか、自然と拳を握りしめてしまっていた。

 夏の炎天下でも、晃汰はポリシーのロングジャケットを手放すことはなかった。黒々とした衣装の裾をはためかせながら、ギタリストはステージに駆け上がった。夕暮れ時でもまだ太陽の光が十二分に注がれる為、ステージ上は照明を落としていてもはっきりと客席から見える。オーディエンス達には演者の動きが丸見えである。それを逆手にとり、晃汰はアドリブで花道に出向き、熱気ムンムンの観客をアクションだけで煽る。もう既に、晃汰の頭の中から胸の痛みなどとうに無かった。


Zodiac ( 2020/01/01(水) 22:13 )