AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters - 第11章 Generation
98 Storys 〜事件〜
 晃汰にとって、乃木坂の面々にとって来て欲しくない日が来た。ツアー最終地というのは、最も疲れがピークに達しているのにも関わらずに、最高のパフォーマンスを演じる事ができる。晃汰やメンバー達はいつだってそう思っていた。だがこと今回のツアーに関して言えば、それは間違いであった。その最後の瞬間が訪れた時、乃木坂46にとっての“支柱”が跡形もなく無くなってしまうのだ。見る者全てを魅了し、そして散っていく“桜”のように。

 完成形に仕上げられたステージを腕組みをしながら、晃汰は険しい表情で眺めていた。その横で同じように舞台を見守る舞台監督の表情も、どこか晴れやかではなかった。

「今までの会場は全部屋内球場だったけど、今回は丸っきり外だから暑さにも注意だし。しかも予報は雨だから、メンバーは思うようにパフォーマンスできないかもしれないな」

 蓄えた立派な髭を触りながら、舞台監督は若き総合監督の横顔をチラリと見る。

「普通に行けばそうですね。ただ、今回は状況が状況なので。これが“最後”なので・・・」

 今にも振り出しそうな曇り空を見上げ、晃汰は独り言のように溢す。俺らと同じく、お前さんも泣きたいのか。晃汰はポエム作家でも活字にしないような事を頭の中で浮かばせながら、ステージに続く階段へと向かった。全体練習開始の二時間前、ステージには誰一人としていない。

 練習開始一時間前から、ボツボツとメンバーが集まってくる。だがその誰を例に出しても、いつもの笑顔で談笑する者などなかった。そしてそれは、裏方を含むスタッフにも共通する事だった。最後の晴れ舞台にミスがあってはならない、晃汰と共にステージを眺めた舞台監督はいつも以上に多くの指示を出し、そして多くの人間を動かした。

 演者とスタッフが一同にステージ上に集結し、ミーティングが行われた。三連戦の初日という事もあり、晃汰は口調を強めて全員を鼓舞した。だが、強められた声に涙が隠れていることは、聞いていた全員がわかっていた。それを分かっていても相槌を打って彼の話を聞いているのは、全員が晃汰の想いとユニゾンしているからだった。

 それからというもの、時間が過ぎるのが晃汰には早く感じられた。気づけば二日目の全体練習の直前になっていて、どこか桜井の卒業がまだ自分自身の中で上手く整理できていない。それが一因なのかもしれないが、初日はいつもと違う感覚(Feeling)で本番を終えた。決して手を抜いている訳ではなかったが、どこかで線を引いてライヴをこなしたのは、間違いではなかったと晃汰は前夜の記憶を振り返った。そしてそんな心此処に有らずが関係してか、晃汰にとって大きな事件が起きる。

 それはもうすぐで全体練習が終わろうとしていた頃だった。前夜の雨でステージ上には細かな水たまりが、多数あちらこちらにできていた。それを何ともせずに動き回っていたギタリストだったが、ヒムロックよろしく足元のスピーカーに足を掛けようとした瞬間、濡れた靴底とスピーカーの角とが仲違いをして晃汰は胸を強くスピーカーに打ち付けた。そのまま倒れればギターがどうなっていたかは容易に想像でき、文字通り晃汰は身を挺して愛器を守った。演奏はすぐに一時中止に、多勢のスタッフとメンバーが晃汰に駆け寄った。

「大丈夫です、ただ打っただけです」

 涼しい顔で周りを安心させる晃汰だったが、この時に肋骨が折れているとは夢にも思わなかった。

 果たして、二日目の本番も大成功を収めた。曇り空の下で前日よりもアグレッシブなメンバーとギタリストに、ファンは狂気を滲ませながらペンライトを振った。その鬼気迫る形相に、晃汰は圧倒されぬ様に音で、アクションで対抗した。

Zodiac ( 2019/12/21(土) 23:15 )