AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











小説トップ
第11章 Generation
96 Storys 〜視察〜
 ヤフオク!ドーム最終日、ギタリストはいつもの表情を崩さずに楽屋入りした。リハーサルは朝の9時から始められ、昼前には終わる予定である。開場が13時過ぎを予定している為、調整は午前中で方を付けるのである。

「やっぱりまだ、自分の出したい音じゃない気がする。思ったよりも、ドームの反響が悪さしてるね」

 全体練習が始まる1時間前だというのに、ギタリストは愛器を携えて自慢の機材を微調整する。 傍らには竜恩寺がその様子を見ており、客観的な意見を晃汰に述べる。

「元々がディレイかけて厚みを持たせてるサウンドだから、更に反響しちゃえばそりゃモチャモチャするわけで。かなりエフェクトのかかり具合を下げないとだな」

 天井を仰ぎながら、竜恩寺は晃汰の出す音を真剣に聴く。

 尚もギタリストのサウンドチェックは終わらず、全体練習に若干食い込んで終わりとなった。最後は本人が納得の行くサウンドにたどり着き、満足気な表情を収めきれずにリハーサルに晃汰は臨んだ。

 ステージでは晃汰やメンバーたちが半分ほどの力で歌い、踊っている。その様子を横目に、竜恩寺はアリーナ席の間を縫う様に歩く。そして時々立ち止まっては、ステージの様子をスマホに収める。晃汰の依頼で、彼のインスタにリアルタイムでリハーサルの様子を載せてほしいという晃汰らしいお願いを、竜恩寺は忠実に果たしている。

 そんな折、持つスマホがシャッター音とは違う音を奏でる。竜恩寺は着信の相手を確認せず、スマホを耳に当てた。

「まどかだけど・・・」

 過日の夏休みで共に過ごしていた森保からの突然の連絡に、竜恩寺は思わず吹き出してしまいそうになった。

「旦那なら、目の前のステージでリハやってるぜ」

「それは知ってるけど、ちょっと京介にしかできない話があって」

 森保の低い声のおかげで、竜恩寺は心の準備を急いでしまった。

「晃汰とかメンバーの人たちには内緒にしてほしいんだけど、HKTのメンバー殆どでコンサートを見学したいの。京介から、上の人たちに了承貰うことってできる?」

 思いもよらない話に、竜恩寺は口元だけで笑う。

「俺を誰だと思ってるのよ。上にはもう決定事項として話しちゃうから、特等席を用意して待ってるよ。あとで人数とか連絡して」

 竜恩寺は液晶を叩いて通話を終えた。そうとも知らず、ステージの上ではギタリストが真剣にホテイを演じている。こりゃ面白くなってきたな、竜恩寺はにやけ顔を隠しきれぬままにアリーナ席を歩き回った。

 自分の満足のいくサウンドでリハーサルを終えられてたせいか、晃汰は普段よりも充実した表情でバックステージへと下る階段を歩く。その後ろをメンバー達が追う様に歩く。

「晃汰さんのギター、今日すごい聞き取りやすかったです」

 歳を重ねても幼さが抜けきらない与田祐希が、またもアホ丸出しで晃汰に歩み寄る。

「今日はかなり気合入れてギターの音を作ったから、そう言ってもらえると嬉しいね」

 いくら知識がないとはいえ、自分の出す音を褒められて嬉しくないミュージシャンはいない。晃汰もそのうちの一人だった。与田のその言葉も相まって、晃汰はかなり良いマインドで専用の控え室へと引き上げていった。ドアに鍵をかけて完全に外部からシャットアウトすると、晃汰は二人がけのソファを目一杯使って寝転んだ。スマホで目覚ましをセットし、目蓋を閉じて身体中の力を抜くと同時に大きく深呼吸をした。頭を空っぽにして、晃汰は束の間の睡眠をとった。

 ギタリストが夢の中にいる時、相棒の竜恩寺はHKT48の一件の為に様々な箇所と連絡を取り合っていた。果ては今野を含む上層部、そしてHKT48の上層部とである。培った人脈にモノを言わせ、竜恩寺は難なくHKT48の御一行が公式にコンサートに参加できるよう漕ぎ着けた。そして開演一時間前には、HKTの面々が竜恩寺のエスコートで関係者席に座ることとなった。しかも、乃木坂のメンバー達にはバレずにである。

 その頃、けたたましいアラーム音に起こされた晃汰は、アイメイクとヘアメイクをバッチリと施して衣装に袖を通していた。お馴染みの裾長であり、その特徴を存分に活かした晃汰のアクションが一層衣装の良さを引き立たせる。

「今日も頼むよ、センター様たち」

 裾をはためかせながら、晃汰は一発目の「インフルエンサー」でWセンターを務める斎藤と山下に近づいた。

「よくそんなヒラヒラでギター弾けるよね」

 斎藤が晃汰の裾を弄りながら言う。

「だってこっちの方がかっこいいじゃん」

 晃汰は拗ねたように答える。

「私も、ヒラヒラしてる晃汰さんの方が素敵だと思います」

 握り合った両手を顔の前に持ってきた山下が、表情を作りながらギタリストをヨイショする。

「美月、それ他の男でやっちゃダメだぞ。内輪だけにしとけよ」

 晃汰は何か良からぬことを案じ、山下に忠告をしたところで定位置に戻った。残された二人は顔を合わせて笑い合い、そして“プロ”の顔つきになった。

 客電が消え、ステージ上を照らす微かなライトにスモークが浮かび上がる。無数のペンライトが魚の大群のように暗黒の客席を泳ぎ、堰を切ったかのように歓声が溢れ返る。この瞬間は、何度経験しても晃汰の身体を震わせる。そしてスタッフの合図をきっかけに、ギタリストを含むバックバンド組がスモークの中に消えていった。

 “HKT48の一員”として参加する初めての乃木坂46のライヴに、森保は周囲の連中と同じ様に胸を躍らせていた。場内の照明が消えた瞬間に立ち上がり、右手を振り上げて乃木坂の登場を待った。そこへ煙幕に見覚えのあるシルエットが浮かび上がった。何度も熱い夜を過ごしてきた最愛のギタリストの輪郭が、幻想的に白煙に映し出された。未だにメンバーが登場していないのにも関わらず、それぐらい大きな歓声と拍手がバンドを包み込んでいる事が、森保や他のHKT48のメンバー達には驚きだった。そして生演奏によるOverTureの後に、本篇の一曲目としては不意打ちなレコード大賞受賞曲・インフルエンサーの渇いたイントロがギタリストの手元から始まった。

 序盤は比較的落ち着いた曲の連続であり、このセットリストにはどんな意味が込めてあるのか、観覧するHKT48の中にそんな事を考えるものがチラホラといた。だがそんな安易な考えは、第一MC前の夏曲3連発が吹き飛ばした。聞き分けのない野良犬の様に、裾を風に流しながらギタリストはステージのあっちこっちを自由奔放に走り回る。それをメンバーが追って行くものだから、もうステージの至る所に汗だくになったメンバーが溢れる。そんな彼女らと同じように、応援だけでHKT48のメンバーも汗をかいている。やっぱり、晃汰はこっちに来て正解だった。森保は心底そんな事を思いながらも、声を枯らす勢いでコールをするのであった。

「来るなら来るって言えばいいのに」

 ツアーTシャツを汗で貼り付けた晃汰が、森保を専用の控室に招き入れる。他のHKT48のメンバーは、挨拶も兼ねて乃木坂のメンバーと顔を合わせている。

「たまにはこういうのもアリでしょ?」

 悪戯な笑みを浮かべながら、森保は晃汰の首に腕を回す。

「臭いよ」

 晃汰は森保から離れようとする。

「女の子の匂いで?」
 
 森保は強いな表情を崩さない。

「バカ言え」

 晃汰は森保を抱き返した。扉の鍵がかかっている事を確認し、晃汰は森保に口づけをした。ギタリストの整わない呼吸と息遣いは、全力でライヴを駆け抜けただけではないことは、本人も彼女もわかっていた。それでも、晃汰は必死に理性を保って彼女から離れた。そんな彼に対し、森保は自身の人差し指を晃汰の唇に押し当てた。

「後で泊まってるホテルにバレないように行ってあげるから」

 その言葉だけで、晃汰はもう死んでもいいとさえ思った。

Zodiac ( 2019/12/03(火) 22:12 )