AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters











小説トップ
第10章 沖縄
88 Storys 〜南の密会〜
 眠たい眼を擦りながら、やっとのことで朝食を食べる晃汰の姿があった。前夜に散々、梅澤と山下に酒を飲まされた胃袋は食物を受け付けず、やっとの思いで味噌汁を流し込む。

「アイツら、マジでもう一生一緒に飲まねぇ」

 恨み節をボヤきながら、晃汰は廊下を自身の客室へと歩く。メンバーの誰一人として会いませんようにと、彼は祈る。彼が“下戸”であるという事実は、もうだいぶ前に乃木坂全体に広まっていた。白石と衛藤の目の前で、レモンサワーを2杯飲んだだけでニコニコ顔になってしまったものだから、彼女らはそれをありのままにメンバーに話をした。それが瞬く間にメンバーやスタッフ、勿論今野や徳長にもその情報はすぐさま伝わった。

「だっから、最初っから飲むの苦手だって言ってるじゃないですか」

 酒を強要することが悪である現代、晃汰は文字通り開き直って自分の弱さを誇示する。それだからか、やたらと彼は歳下の両名から飲みに誘われるのである。

「今度俺を誘って、この俺を潰した奴はアルハラで訴えてやる」

 飲み会の翌日、晃汰は決まってこの台詞を口にするのであった。それが数回ほどではなく、飲み会の数だけ叫ばれるのだから、後輩からバカにされても当然である。

 撮影はギタリストの体調なんざ関係なしに行われている。午前中にはブランコに乗ったりスイカを割ったりなど、かなりアクティブなメニューがこなされた。体力を使うだけあって、若年メンバーの活躍が光る。恐らく若年と呼べるであろう星野や山崎の代より下の連中は、輝かしい太陽の下で遺憾なくポテンシャルを発揮している。

「俺らにもあんな時代があったな」

「でもまだ22でしょ?私と楓は21だけど」

 少しの休憩時間、晃汰は隣に座る星野にボヤく。

「二十歳過ぎると急激に老けこむんだわ。ディズニー丸1日とか無理だもん」

「あ〜それはあるかも。全然10代の時の方が動けてた」

 星野が共感する。

「それを27の目の前で言う?」

 紫外線対策バッチリの新内が、椅子に座る二人を見下ろす。

「もうすぐ30の私がこんなに頑張ってんのに、高々20過ぎの若者が何を言ってるの」

「さすが後妻業は言う事が違うなぁ」

 晃汰はケラケラと笑いながら、新内を馬鹿にする。対する新内はと言うと、何処か楽しげな様子を垣間見せながらも、眼を細めて目の前の年下勢を睨む。

 休憩時間が終わり、撮影が再開される。晃汰は暇そうにあっちに行ったりこっちに行ったりと、現場をウロチョロしている。もう何年もギタリストという立場に置かれていたため、スタッフとしてのカンが鈍ってしまった。方やKKコンビの相方はと言うと、的確な指示と統率力で現場陣を完全に掌握している。

「こりゃ、俺の出る幕は無いぜ」

 晃汰はお手上げ状態となり、竜恩寺の指示に大人しく従うことを心に決めた。



 グラスを傾ける晃汰の左隣で、分けられた前髪から覗く額が印象的な美女が同じようにカクテルを口に含む。その見惚れてしまうような横顔に晃汰は顔を向ける事は無く、また静かにカクテルを舐める。モノトーンに仕上げられたバー店内には、自分らを含めて数える程度の客しかいない。ここを選んでよかったなと、晃汰は自身が座るカウンターの両端を見渡した。

「お願い・・・できるかな・・・?」

 ラフロイグのグラスを右手に持ったまま、桜井は晃汰を見る。

「『卒業宣言を撤回します』ってタイトルの曲を作るって、俺が言ってもですか?」

 晃汰は前だけを見る。

「それはちょっとイヤかも・・・」

 彼の方に乗り出し気味だった桜井は、意気消沈して椅子に座りなおした。

 沈黙が二人の間に流れる。それは気まずさが邪魔をしているわけでは無く、会話のきっかけを探せずにいるのとはもっと違う。彼女らは、思いを過去に馳せている。自身が加入してから何人もの卒業生を見送ってきた晃汰は、毎回訪れるこの“光栄な依頼”を素直に受けることができない自身と葛藤する。その思いは桜井にも重々分かりきっている。だが、どんな著名な作詞家だろうがどんなアグレッシヴな作曲家が彼女の目の前に現れようが、自分の卒業ソングは隣のギタリストに依頼をしたいと決めている。

「依頼料は高くつきますよ」

 ミルク多めのカルーアミルクを飲み干すのをきっかけに、晃汰は重い口を開く。できることならいつまでも口は開かずに、何なら卒業自体も桜井に諦めて欲しかったが、現実はそうもいかないと晃汰が屈した
瞬間だった。我ながら人の子だな、晃汰は腹の底でせせら笑い、同じドリンクをマスターから受け取った。

「キスぐらいならしてもいいよ?」

 桜井はラフロイグを口に含んだ。そんな要求をギタリストがしないことぐらい、桜井には分かっていた。だが、それぐらいの“冗談”を言わなければ彼が素直に曲を書いてくれるとは、到底彼女には思えなかった。過去の比ではないぐらいの落ち込み方を見せるギタリストに、ほんの少しだけ後ろ髪を引かれた。卒業したい自分と、卒業をしたくない自分が戦う。どうしてもそんな晃汰の姿を見てしまうと、卒業をさせたくない自分が優勢になってしまう。それでも彼女は、自分なりに決意をしたのだ。

「それ、俺がそんな要求しないのを分かって言ってますよね」

 初めて晃汰は桜井の方に向いた。アルコールのせいで頬が少し紅くなり、バー店内の薄暗い照明のお陰で妖艶さを纏った桜井が、彼の目の前に座っている。その時晃汰は初めて、この女性が乃木坂46の肩書きを外れた姿を見てみたいと、切に思ってしまった。見惚れてしまったのを悟られぬよう、すぐに身体をカウンターに向け、テーブルに指で円を描く。

「卒業ソングの件は、引き受けます。依頼料は、今までの思い出で充分です」

 晃汰はミルクを飲み干して桜井を見た。安心したような優しい表情の桜井も、ウィスキーを飲み干して口元を拭った。

「誰にだって、卒業はあるよ」

 なにかを悟ったかのような桜井に、晃汰はとうとう我慢していたものが溢れた。自身の左肩を濡らすギタリストを抱きしめながら、いなくなってしまうキャプテンの肩を濡らしながら、二人の夜は更けていった。気を利かせた沖縄のマスターは、そっと出入り口の看板を「CLOSE」にした。

■筆者メッセージ
キャップの卒業がこんなに辛いなんて・・・
Zodiac ( 2019/09/29(日) 20:04 )