87 Storys 〜海岸〜
日中にどれだけの人々を灼熱地獄に晒した太陽が、沖縄の綺麗な海の向こうに燃え去ろうとしている。ティアドロップのサングラスは頭にどかし、ギタリストは一人その景色を眼に焼き付けている。AKBに加入したてのグアムで見た景色と似ている、晃汰はどこか懐かしくそして、“あの時の四人”にもう戻れない空虚感を感じていた。
「これで良かったんだ、これで…」
ギタリストの言葉の裏には、まだ彼らがAKB48のスタッフとして駆け出しの頃、グアムの最終日で同じような海岸で出会った四人の現在地を表しているものだった。晃汰と竜恩寺は半ばAKSに反旗を翻す形で退社、宮脇はIZ*ONEの一員として単身韓国へと海を渡った。残る森保はと言うと、脚の怪我により公演活動を休止している。こんな時に俺は何で近くにいないんだ…晃汰は何度もやり場の無い怒りを壁にぶつけた。だが、彼女は晃汰の乃木坂46への完全移籍を後押しした。今までの怒涛の記憶を晃汰は呼び起こし、海と正対して自身を仁王立ちさせていた。
「あれ、絶対に自分に酔ってますよね?」
ビュッフェスタイルの食事会場に現れない晃汰を心配した梅澤と松村、そして竜恩寺は海岸に彼を探しに来ていた。遠くからでも一目でわかる立ち姿に特有の雰囲気を纏う背中に、梅澤らは彼に声をかけるのを一瞬躊躇った。そんな一行の一人である竜恩寺の脳裏にも、晃汰と同じくあの日の夕焼けが駆け巡っていた。
「さゆりんごパ〜ンチ!」
突如として背中に衝撃を感じ、晃汰は背後を睨みつけた。そこには満面の笑顔の松村に慌てる梅澤、遠い目をしている竜恩寺がいた。
「丸ちゃんがレストランにおらんから、探しに来たんやで?」
松村は恩着せがましく、さも自分の手柄のように三人がいる理由を述べる。茶化しに来たのね、と晃汰。いつ、どこでもそのキャラはそのままなのねと、晃汰は足元の小石を蹴る。小さな飛沫をあげた小石は、そのまま波にさらわれていった。
「あとちょっとしたら行きます。それまで先に食事しててくださいな」
晃汰は松村に申し訳なさそうに手を合わせた。しゃあないな、と松村はもう一度彼の背中を叩いてホテルへと竜恩寺をお供に戻っていった。
「お前さんは行かなくていいのかい」
残った梅澤の足下を見ながら、晃汰は言った。
「晃汰さんが戻るまで、ここにいます」
腰に手を置いた彼女は、両頬に空気を溜め込んだ。
「あざといねぇ。それやったら、大体の男はイチコロだぜ」
梅澤の表情を見て、晃汰は口に笑みを浮かべた。それでも、彼の空虚感は晴れることはなかった。
「まだ俺がAKBのスタッフとして駆け出しの頃、グアムでこんな感じのサンセットを四人で見たんだ」
晃汰は、あの日の出来事をポツリポツリと呟くように梅澤に話し始めた。最終的にその四人がWカップルになるというオチまで、完璧に持っていったのはいうまでも無い。もちろん、名前は伏せて、だ。そして、それが今の晃汰を襲う空虚感の元凶となっていることも。
「悪いな、こんな重い話、しちまってサ」
フッと鼻で笑い、ギタリストは後ろ手に波打ち際を歩き始めた。その足跡を梅澤が辿るように歩く。
「でも、そんな重い話をしてくれるって事は、私に心を開いてくれてるって事ですよね?」
梅澤の言葉に晃汰は振り向くことも、歩く速度を緩めることもしなかった。だがそこから数メートル進んだ所で、晃汰は彼女に振り向いた。
「梅、飯食い行こうか」
振り向きざまに、晃汰は梅澤の眼を見た。
「はい、行きましょう。一緒に」
笑顔で何度も梅澤は頷いた。
「てゆうか、さっきの悪いなっての、全然悪いって思ってないですよね?」
「うん、その通り。さっぱり思ってない。状況的に謝っといた方がいいのかなってサ」
「ホント信じらんない。ここまで後輩引っ張っておいて。もうお腹ペコペコですよ」
「悪かったな、男には一人で黄昏たい時もあんのよ」
「もう怒りました。山下と私に一杯奢ってください」
「ま〜た美月かよ。アイツ酒グセ悪いんだよなぁ」
「そんなこと言って、晃汰さんもすぐ出来上がるじゃないですか」
「でも、酔った勢いで手出す事はしてませんよ、僕」
「手出す勇気があったら、AKBさんから退社する時もビビったりしませんよね」
「…完敗です」
ホテルへと向かう道中、晃汰と梅澤は同い年の様にやりとりをする。いちアイドル、いちギタリストではなくもっと違う何かとして…お互いがお互いを尊重しているからこそ、盟友として位置付けているからこの関係性が構築できているのかもしれない、と、二人は感じながら馬鹿話に花を咲かせた。