86 Storys 〜味方〜
「で、みんな海岸に並んでオープニングです。最初はいつもの設楽さんのフリから、お二人からメンバーの順で1カメが抜いていくので・・・」
台本を片手に、竜恩寺とバナナマンの二人がプロの表情をのぞかせる。
「で、そこからはフリーでちょっと駄弁ってください」
竜恩寺の説明に、バナナマンの二人は頷く。
「オープニング終わったら一回カメラ切って、そこからバットだもんな。余裕っしょ」
設楽が日村の肩を叩く。
「いつものスタジオのノリで大丈夫です。むしろ、そのノリが欲しいので」
竜恩寺は悪戯に微笑んだ。
一行が沖縄についた日の昼前、心地いい風が吹く海岸でロケが行われている。音頭を取るのは竜恩寺で、音楽担当となった晃汰はメンバーの世話係に専念し、相棒が全体を指揮している。
「京介に役目とられて、ちょっとジェラシー感じてるんでしょ」
冒頭の三人のやりとりを遠目で見る晃汰に、新内が近づいた。
「んな事ありませんよ。もう僕は“そういう”立場ではなくなってしまったので」
晃汰はかぶりを振った。ふぅんと、新内は彼女なりの納得をしたように小さく頷く。
「眞衣ちゅんさん、ちゃんと海入れる準備してきたんすか?」
波打ち際を歩く若手メンバーを遠目で見ながら、晃汰は隣の新内に問う。
「ビキニでも着てくればよかった?」
「俺には需要がないですね」
ハッキリと物事を言う晃汰の性格が、ここでも発揮される。
「これでも写真集出してるんだからね?」
真打ちは晃汰の肩を小突いた。こういったメンバーとのじゃれ合いが晃汰のモチベーションを維持しており、彼のビジネスライフにとってかけがえのないものだった。
収録は誰もが予想した以上に上手くいっていた。久しぶりのロケと言うこともあってか、メンバーとバナナマンの笑顔がいつもよりも輝いているようにスタッフ達には見えた。沖縄の眩しい太陽の下で、健康的な生脚をした少女達が無邪気にはしゃぎ回っている。
波打ち際の攻防が面白いぐるぐるバットを、メンバー達はアホみたいに千鳥足になりながらこなす。大胆に海に入水する者が後を絶たず、決してボディラインが見えないシャツの選択に晃汰は少しばかり残念がった。
「いや〜日村さんとかりんさん、も少し海に入って欲しかったです」
上半身裸になった日村と、同じくびしょ濡れになった伊藤かりんに晃汰はタオルを持って近づく。
「何言ってんだよ〜!次の種目はお前も入れよな!」
語気は荒いが、上半身裸のままの日村はどこか嬉しそうである。
「お、それいいね。ビーチバレーの収録終わったら、も一回マル入れてオフレコでやろうぜ」
設楽が更に悪ノリをする。
「え〜濡れたくない〜」
駄々をこねる晃汰だが、満更でもないのが彼の本音だ。果たして、晃汰は半袖半ズボンにしっかりと着替え、尚且つ準備運動までしてビーチバレーの収録が終わるのを静かに待った。
「あれ?晃汰バレーやるの?」
シャツの裾をはためかせて涼む北野が、真剣な眼をする晃汰に問う。
「収録終わったら、バナナマンさんも入れてやるんです」
勝負師の眼をした晃汰は、北野に答える。楽しそう!と小学生でも言える感想を元気に言い放った彼女は、ぴょんぴょんと跳ねながらメンバーの群れに紛れていった。残った晃汰は入念にストレッチを行う。いつも弟のように可愛がってもらっているバナナマンの二人に悪戯ができる、数少ないチャンスと彼は踏んでいるのだ。
殆どのメンバーが前髪を額に貼り付けて、収録は終わった。そのタイミングで晃汰はヤスリがついたリストバンドを両手首に巻き、コートに入った。反対のコートには既に二人が待機している。それを見たメンバー達は事を察し、めいめいがどちらかのコートに入って人数を合わせた。
「いくぞ!マル!」
弟分を指差した設楽は、彼に向けて思いっきり水風船を投げつけた。ほぼライナーで向かってくる風船を晃汰は難なくキャッチし、周りの女の子を釘付けにした。こんな所まどかに見られたら殺されるなぁ。晃汰はネックレスを指先で弄んだ。
その後も試合は続き、見事に晃汰とバナナマンは身体中を濡らしていた。一人が水を浴びれば、お返しにと報復死球が飛んでいく。そんな様子をメンバーは全員で笑いながら観戦し、竜恩寺を含むスタッフ連中も仕事の合間に見ては笑っていた。
これが乃木坂の強み、最強の武器だ。晃汰は汗と水に濡れた髪をタオルで拭きながら、そう感じていた。自分がまだAKBにいた頃は、バッドボーイズという男気溢れる二人がバナナマンの立場にあった。だが今のバナナマンと比べてしまうのは酷だが、彼らにはAKBを“実力以上”に強くすることができなかった。当時は当時でかなり世話になっていたが、乃木坂に留学して以来その関係はめっきりなくなってしまった。
「そりゃ、人気が出る訳だわ」
タオルを首にして晃汰は立ち上がった。夕日が沈もうとしている海岸で、他のスタッフ達は後片付けを終えようとしていた。手伝おうかと彼は思ったが、竜恩寺の指示が的確すぎて付け入る隙が微塵もなかった。