AKBの執事兼スタッフ 2 Chapters - 第10章 沖縄
85 Storys 〜テイク・オフ〜
 スーツケースを転がす集団が、羽田空港のロビーを歩く。帽子とマスク派必須で、時々サングラスをつけた者も何名かおり、その光景は数の多さも相まって異様なものとなっている。だが、時間は深夜ということも手伝ってか、彼女らの素顔にファンや周囲の客が殺到する事はなかった。

「沖縄初めてなんよね、案内してくれな?」

 集団の中では唯一、何の変装も施していない晃汰が隣を歩く伊藤理々杏に目配せをした。

「自由時間も結構あるみたいなので、いろんな所行けそうですよね!晃汰さん運転してくれるなら、大人数で行けると思います!」

 乃木坂のメンバーを擁しての沖縄ロケに、伊藤はテンションが上がり気味だ。

「他人の車運転したくないけど、理々杏のお願いならしょうがねぇな」

 フンと鼻を鳴らし、晃汰は尚も前を見て歩き続けた。

 機内では窓際に座った晃汰に、彼の左隣に腰を下ろした山下がちょっかいを出す。多少のウザったさはあったものの、年下から慕われる事においては抵抗がない晃汰は、沖縄までの数時間を彼女との他愛もない会話に割いた。山下がWキャストを務めたミュージカル・セーラームーンを晃汰が観に行ってから、晃汰と山下は積極的にコミュニケーションをとるようになった。下心のない晃汰の接し方に、山下は多少の不満を抱いてはいるが。

「なんで男の人って、胸とか脚とか見るんですか。電影少女の時も、腋とか脚とか良かったねって握手会で言われるんですよ」

 二人にしか聞こえない声で、山下は晃汰に問う。

「男はそういう部分が大好きだからねぇ。俺も、彼女の脚とか胸とか腋とかうなじとか首筋とかおでことか大好きだもん」

 目線をタブレットからずらす事なく、晃汰は左隣の恋愛マスターに答える。

「うわ・・・変態・・・」

「お前のファンだって、お前さんの事をそういう風に見てるさ。女性に下心を抱かない男なんていないぜ」

 内容とは裏腹に、晃汰は淡々と山下に説く。

「まさかこんな変態だとは思いませんでした」

 山下が悪戯な笑みを浮かべる。

「勘違いするなよ、彼女専用のど変態だからな、俺は。女なら誰でも良いって訳じゃない」

 そう言い切り、晃汰はタブレットをしまった。後何時間かな、そんな事を考えながらアイマスクを目元にやった。

「到着間際のアナウンスがあったら起こして」

 晃汰はそれだけ山下に言い残し、腕を組んで呼吸を深くした。

「晃汰さんの彼女さんは幸せ者ですね」

 彼にも聞こえない小ささで、山下はそう呟いた。搭乗機は暗雲の中をひたすら沖縄へと飛び続けた。

 キチンと言いつけを守った山下のおかげで晃汰は丁度良いタイミングで目覚め、心と手荷物の準備を整えて着陸に備えることができた。空港からホテルまでは専用のバスが用意されていた。車内は深夜ということもあって、殆どの連中が寝息を立てていた。そんな中、晃汰だけは機内で仮眠をとったおかげで、黙々と収録に関する資料に眼を通していた。

 収録期間中にメンバーや関係者が宿泊するホテルにバスは到着し、中からは寝ぼけ顔の乃木坂46が降りてくる。ギタリストは案外スッキリとした顔をして降車し、荷室からスーツケースを取り出す運転手を手伝った。今回のロケに“ギタリスト”ではなく“スタッフ”として来ている事を、晃汰は十二分にわかっていた。その考えがこういった言動に表れている。

 スーツケース転がしてエレベーターに乗りこむ。他のメンバーは晃汰よりも早くに解散となっており、ミーティングを終えた彼を待っていようとする者は無かった。むしろ晃汰に取ったらそれが心地よく、少しだけ自分の瞬間が彼には必要だった。

「眠た・・・」

 新曲の制作に取り掛かって丸2日、スタジオで根を生やし続けたのだから当然だった。飽き性の晃汰は一瞬の熱量がモノを言う性格な為、根詰めるとそこまでになってしまう。そりゃそうだよな、晃汰は一人で苦笑いを浮かべては、目元を指先でこすった。

Zodiac ( 2019/08/29(木) 23:00 )