100 storys 〜将来の決意〜
「晃汰、イギリスで一緒に働いてくれないか?」
数秒の沈黙の後、父さんは今度は同意を求めてきた。 まず イギリス と聞いて、布袋さんの後姿が浮かび上がった。 そして、父と共に仕事をしている自分の姿を思い浮かべた。 スーツを着て大きな椅子に座り、世界の企業を相手にしている自分が・・・
「会社は兄ちゃんが継ぐって話だったじゃんか」
ため息混じりに今までの家族方針を思い起こさせ、父に再度確認を迫る。
「実は、俺病気になっちまったんだよ・・・」
突拍子もない父の発言に、思わず眼を剥いて聞き返してしまう。
「嘘だろ!?」
「うん、嘘だよ」
冷静に嘘を吐かれたことへの怒りと安心した気持ちが自分の中でミックスされ、僕は立ち上がりかけた身体を再びソファに委ねた。 気を利かせたじいやが持って来てくれた冷たいジュースを一口飲み、指を組んで真剣な眼差しを向けてくる父さんと対峙する。
「病気ってのは嘘だけど、いずれかはそうなるだろ。 そうなった時に急にお前達に今の俺の仕事が全部出来るかって聞かれたら、出来ないだろ? そうなる前から俺の仕事を覚えてほしいと思ってるんだよ・・・」
再びグラスに手を伸ばした父は、一方的に合わせてきた視線を逸らした。 少し考えた僕は、ふとしたことを質問した。
「もし俺がイギリスに行くとなったら、今の生活はできなくなるよね・・・?」
無理に目線を合わせようとはせず、僕が小学生時代に貰った野球のトロフィーを眺めながら訊いた。 父は僕の予想通りの答えを言い切ってきた。
暫く考えても、一向に答えを見出すことはできない。 本来ならば二男の僕も兄と一緒に丸山グループの良く末を担っていかなけらばならないのだが、高校生の僕にはまだやりたいことがたくさんある。
「なにもそんなに深く考えることはねぇよ」
窓の外を眺めていた父が、こっちを見ずに言った。 顔を上げて見る父の背中は、どこか男の
意地を醸し出しているように見えた。
「確かにうちは代々丸山グループを牽引してきて、その子ども達は次世代を任されてきた。 だけど、それは誰の言いつけでもなく、自分の意志でやってきたものだ。 俺も含めてだ。 なにも家業を継ぐことだけがお前の人生じゃない。 現に今は他では味わうことのできないいろんなことを体験できてるだろ。 もう子供じゃないんだから、自分の将来は自分で決めるもんだぞ」
父が寝室に向かった後も、僕はソファに身体を投げ打って考えている。 またまた気を遣ってくれたじいやは、温かいミルクティーを出してきてくれた。 一緒に渡された砂糖を入れ、マドラーで混ぜて一口啜った。 すると、今まで考えてきたことが頭の中で急速に整理され、いつしか自分に最適の答えを見つけ出していた。
「じいや・・・ 俺の決意、聞いてくれない?」
ピンと伸びた背筋の執事は、僕の言葉に一つ返事で答えると、向かい側のソファに腰を下ろした。
「俺は・・・」
大きな古時計が深夜零時の鐘を響かせたとき、僕の決意を聞いたじいやはニッコリと微笑んでくれた。