88 storys 〜合宿7日目 一時退院〜
腰に大袈裟なコルセットを巻いて、相棒の到着をギターを地面に置きながら待った。あと数時間ほどで打ち上げが始まるというのに、京介が現れる気配は一向にない。 予定の時間を大幅に過ぎている今もだ。
「どうしても、明日の打ち上げには出たいんです。 鎮痛剤でもなんでも打ってくださいよ」
昨日の夜、思い切って先生に直談判をした。 先生は特に驚いた様子はせずに、僕の怪我の状況を確かめた。 聴診器を外した先生は、僕に背を向けながら言った。
「用意するコルセットを付けるんだったら、行ってもいいぞ。 ただし、軽い運動でさえも控えろ。 動いたぶんだけ病院生活が長引くぞ」
それだけ言い残して、先生は病室を出て行った。 静かに閉じられたドアが2,3度弾み、ピッタリと閉じられた。 すぐさま虚数家と連絡を取り、僕の愛車で明日迎えに来させることにした。 そして、今に至る。
腕時計をチラチラと見ていると、遠くからエンジンの音が聞こえてきた。 その音に聞き覚えがあったのでそちらを向くと、猛スピードでこっちに向かってくる愛車を捉えた。 このまま曲がらずに轢かれたらどうしようかと鵜案を抱きながらも、静かに近づいてくるのを待った。 運転席にいる京介がガラス越しに見えた時、ほんの何メートルか前でドリフトして停車した。 クッキリと残ったタイヤ痕がそのすさまじさを物語っている。
「どうよ。 免許取り立てとは思えないだろ?」
自慢げにタイヤ痕を自分で確認しながら、ドヤ顔で訊いてくる。 僕はやれやれとため息をつきながら、少しの荷物とギターをトランクにしまって助手席に座った。 サングラスをかける京介は、前を見ながら両手でハンドルを握っている。 本当は僕が運転をしたかったが、こんな状態でまともに運転などできないと感じて自重した。
「お前、もう少し可愛気のある運転しろよ」
京介の荒っぽい運転で命の危険をまた感じさせられた僕は、生きていることを実感しながら愛車を降りた。 目の前には見慣れたホテルがあったが、周囲を警戒しながら建物に入った。 京介から、僕の一時退院はサプライズでメンバーは聴かされていないのだという。 打ち上げの時にいきなりステージに出て、皆を驚かそうという魂胆だ。 だが、秋元さんと戸賀崎さんには報告をした。 その時の状況や一部始終を詳しく話して、その場はお開きとなった。
2人との会見を終えた後、荷物をまとめるために自分が滞在していた部屋に向かった。 最後に部屋を出た時の状況と何一つ変化はなく、ベッドの上の眼鏡やテーブルの上の飲みかけのグラスまでそのままだ。
「荷物は俺が家まで運んどくから。 吉田さんに渡しとくからな」
壁に肩をつけながら寄りかかる京介は、腕を組みながらこっちを見る。 少し悲しげな眼をしているのが見て取れるが、あえてそれには触れずに荷物をまとめる。