87 storys 〜合宿6日目 2 強がり時計〜
閉め切っていないカーテンの隙間から夕焼けの光が差し込む頃、僕は少し遅い昼寝をしていた。 何故目覚めたのかというと、僕を揺り起こす天使がいたわけで・・・
「彼女がせっかくお見舞いに来てあげたのに、寝てるってどうなのよ」
まだ完全に開かない眼で見るまどかは、いつにも増して綺麗だった。
「だから、両想いはだめだっての。 俺が告ってお前がフッたんっだよ」
「今、病室に誰もいないけど? 襲ってもいいんだよ?」
挑発的な眼を向けてくるまどかをあえて無視し、窓の方に顔を向ける。 夕焼けに眼を細めると、ゆっくりと起き上がった。 ベッドの脇のパイプ椅子に座るまどかは、心配そうにこっちを見ている。
「まどか。 ギター、無いよな?」
突然左手が恋しくなって、持っているはずのないまどかにとんでもない事を訊いた。 だが、まどかは笑いながらカーテンの裏に隠していたギターケースを出してきた。
「京介が持って行けって言うからさ。 持って来てあげたよ」
手渡されたのは、紛れもなく僕の黒いテレキャスターだ。 もちろんアンプもエフェクターもないけど、まどかに聴かせるのだから無い方がいい。 耳で大方チューニングをし、意味もなくコードを弾いた。 心地よい響きが、ボディを伝ってお腹を震わせる。 頭にも包帯を巻いていたから、真島昌利みたいだなと思いながら弾いた。
「やっぱり、ギター弾いてる晃汰もかっこいいね・・・」
まどかのこの一言に、思わず動揺してピックを落としてしまった。 こんなにド直球に言われたら、慌てるのも無理はない。 布団に転がるピックを拾い、再びギターを奏でる。 今度は眼を瞑りながら、1弦ずつ弾いていく。 この奏法をアルペジオといい、ギターならではの透明感あるサウンドを表現できるのだ。 自分の出す音に酔いしれた時、いきなり唇に軟らかい何かが重ねられた。 その正体は分かっていたが、あえて眼を開こうとはせずに流れに任せた。
「弱ってる晃汰も可愛いね。 チューしたくなちゃったよ」
唇を離したあと、まどかは小悪魔な一面を見せた。 体調が万全の状態なら構わず押し倒していただろうが、今はただ耐えるしかない。
「お前、誘いMだな。 めんどくせぇ奴彼女にしちまったな(笑)」
右手でピックを弄びながら、座りかけたまどかを見た。
「え? 彼女なの??」
嬉しそうに身を乗り出しながら訊いてくるまどかは、超絶可愛かった。 世界が背いても、このまどかだけは守り通すと再度心に固く誓った。
「あ、そろそろ帰らなきゃ・・・」
腕時計を確認したまどかは、寂しそうに呟いた。 楽しい会話に夢中になりすぎて、時間が経つのを2人とも忘れてしまっていたのだ。 帰り際、愛車のキーをまどかに託した。 京介に渡すように言ったのは、帰りに京介が僕の車で帰れるようにと気遣ったためだ。
「なるべく無理しないでね・・・ けど、なるべく早く戻ってきて」
「言ってることムチャクチャだな・・・ まぁ、何日もくたばってられないからな」
わざと強がってみせ、病室を出るまどかを見送った。 この時、凄く切なくなってずっとうなだれていたのは言うまでもない。