68 storys 〜合宿1日目 チエック・イン〜
予てから話があった合宿が、今日から始まろうとしていた。 僕と京介はHKTの担当なので、他のグループのメンバーとは会えないのだ。
「山道のドライブもなかなかよかったな」
周りを森に囲まれたホテルに到着し、助手席から降りた京介はサングラスを外しながら言った。
「こうゆうときはマニュアルがいいんだよ」
僕も車を降りて、サングラスを外す。 HKTメンバーや秋元さんたちが乗るバスと続いて来る予定だったが、久し振りの山道に調子にのって早く着いてしまった。
待ちくたびれて温かいココアでも買おうとした時、ご一行を乗せた2台のバスがホテルの駐車場に入ってきた。 自販機に入れかけた小銭をポケットに滑り落とし、停まったバスに近づいた。 どっちに誰が乗っているかなんて分からなかったが、取りあえず1台目のバスに近づいてみた。
「お前たち、速すぎるんだよ」
苦笑いを浮かべながら最初に降りてきたのは、総支配人だ。 行きのバスだけでこんなに疲れた顔をしているのでは、先が思いやられる。 だが、こんなことでヘタレていては総支配人は務まらない。
続いて、メンバー達が降りてきた。 どうやら、秋元さんは2号車に乗っているらしい。 そして、面倒くさい奴に絡まれてしまった・・・
「明太子! たらこ! 焼かれて、焼き明太子!!」
「・・・あ、京介? あの件さ・・・」
「ちょっと先輩! 私のギャグ見てくださいよ!」
ムラシゲのダル絡みが始まった。 これを永遠に見せられるんだから困ったものだ。
「あ、竜恩寺先輩でもいいですよ!!」
今度は京介が捕まった。 この隙に僕は走ってホテルに逃げ込んだ。
貸し切りのホテルにはフリーの客がおらず、いわば関係者と従業員しかホテル内にいないのだ。 僕や京介はこんな光景に慣れてはいたが、メンバー達は慣れない環境に少し戸惑っているように思えた。 そんな中で部屋割りがされ、なんと僕たちスタッフは1人部屋が用意された。 まあ、総部屋数に対してのこちらの人数を考えれば妥当だけど、いつも京介と相部屋だったから驚いた。
キャリーバッグを転がしてエレベーターに乗る。 僕の後に続いて京介・まどか・なつさん・ボス の順で乗ってきた。 みんな長旅で疲れているのか、口数が少ない。 まどかは何故か変装用のサングラスをかけているし、ボスとなつさんはスマホをいじっている。 扉の両脇に僕と京介がいて、その奥には3人がいる。 3人の背中の窓に映る山々を見物したところで、ベルが鳴って扉が開いた。 このフロアでは僕とまどか以外の全員が降りて行った。
「あ、晃汰いたの・・・?」
やっと口を開いたまどかは、わざとらしくサングラスを外しながら話しかけてきた。
「1回からいたし。 よく見てろよ」
「そんな意識して見るわけにはいかないでしょ」
まどかが笑って答える。
「そうか? 俺は割と意識してお前の事見てるけど」
冗談交じりで言ったつもりだったが、本心が殆どだということはどちらもわかっている。 やがてまどかが降りる。 延長ボタンを押して、何秒か相対する。
「少し寝とけよ。 疲れてるんだろ?」
彼女は前髪をかきあげながら返す。
「疲れてないし。 全然大丈夫だし」
女神のような笑顔を見届け、閉ボタンを押した。 1人になった籠の中で、背伸びをして自分のフロアを待った。