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「零…?」
名前を呼ばれた方へと振り返ると、そこにはカノジョの齋藤飛鳥がいた。彼女の存在に気づいたのか、西野先輩は僕から離れる。
飛鳥はなにも言わず、僕らの方へと歩いてくる。
「ごめん飛鳥、でもこれは違うんだ」
僕の前で立ち止まった。そしてその数秒後、大きな音ともに頬に衝撃が走る。通行人も大きな音に驚き、僕らの方へと注目する。遠くからは「なに?修羅場?」などと聞こえてくる。
「最低…」
その一言だけを残し彼女はその場を走り去った。一瞬の放心状態から解放された僕は、すぐに彼女を追いかけようとしたが、腕を捕まれる。
「西野先輩?すみません離してください」
「行かんとって…」
「すみません」
僕は西野先輩を振りほどき、彼女が走り去った方向へと走った。辺りを見渡し彼女を探しながら走る。電話を何度も掛けるが繋がらない。
今日はこんな事になるはずじゃなかった。
1ヶ月連絡を取らず、周りからは別れた方がいいとも言われた。でも、僕は別れるつもりはなかった。
1カ月前に彼女に会った時、大学のレポートやバイトで今月は忙しいという話をした。たぶん彼女は僕の負担にならないように、連絡をしてこなかったんだと思う。
半年彼女と付き合って、彼女はそうやって自分の気持ちは後回しで、人の事を思いやる事ができる人だという事は知っている。
そして、看護の専門学校に通う彼女も、今月は実習で忙しいと言っていた。だから、LINEでやり取りをするのは嫌いな彼女の負担になりたくなく、僕からは連絡をしなかった。
そんなお互いが相手を思って生まれた溝。
1度会って話して、これからはお互い思ってることは、口に出して言って、こんな溝が生まれないようにしようと言おうと思っていた。
そうすれば、飛鳥との溝も埋まり関係も修復できると思っていた。
だが僕は彼女を傷つけてしまった。初めて飛鳥の涙するところを、悲しむ姿を見た。僕は彼女に謝りたかった。その一心では彼女を探し続けた。
あれから1時間くらい経っただろうか。飛鳥を見つけることはできていなかった。
右手に持つスマホが振動する。飛鳥からLINEに1通のメッセージが送られてくる。
『別れよ。さようなら』
僕はすぐに彼女電話を掛けるも繋がらない。その後も電話が繋がることも、彼女に送ったメッセージが既読になることもなかった。
僕は飛鳥との関係を修復するどころか、彼女に謝る事さえできなかった。