誘惑
08
「ゴメン、偶然見かけたなんて嘘。実は昨日から、あなたの事、ずっと見てた。」

実は昨日、綾巴は、友一が友美と帰っている時、頼人とリビングで話しているとき、奈和とショッピングセンターを回っていた時、ずっと後をつけ、見ていた。その間友一が交わした会話も一字一句ほぼ全て覚えていた。というのだ。

「どうしてこんなことしたか分かる?」

澄み切った目で尋ねる綾巴に、友一は口を塞がれたまま首を横に振った。
すると、艶のある、少し低めの声で、

「・・・あなたが好きだから。」

と言った。
綾巴の言葉を聞いて、友一は動きを止めた。

「嘘・・・だよね。」

綾巴が手を話したので、友一は口を開いた。すると、

「いいえ、本当。」

と言って、顔を少し近づけた。
間近で彼女の顔を見ると、一点のシミやくすみのない、透き通るような肌が視界のほとんどを覆っている。その美しさに、友一は操られるように見入っていた。

「始めよ、私と。」

そう言って、目を閉じ、さらに顔を近づけてきた。

―このまま・・・綾巴に身を任せよう。―

友一は、目を閉じた。

すると、まぶたの裏に、阿弥の顔が映った。

悲しそうに、こちらを見つめている。

よく見ると、口元が動いており、何か伝えようとしている。

「私を忘れないで・・・一人にしないで・・・」

そう言っているように見えた。

―阿弥に会いたい―

友一は、綾巴を押しのけ、立ち上がった。

「!?」

いきなりのことで、さすがの綾巴も驚いている。

「ゴメン、やっぱり、阿弥に謝ってみる。その・・・ほんとにゴメン!」

そして、走り出した。



―会いたい、会いたい。阿弥に、阿弥に・・・阿弥に会うんだ!―



友一の頭の中にはそれ以外無かった。阿弥におじけづいていた自分が嘘みたいだった。













darkhero ( 2014/06/22(日) 16:20 )