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「えっ?」
決して聞こえなかったのではない。理解が追いつかないことへの反射的な反応であった。
平手の言葉。それは俺と恋人関係にならないか、という意味のものであった。何度も言うが、俺と梨加が付き合っていることは平手は知っている。まあ、その関係も今となっては崩壊寸前なのだが、平手の言葉が冗談ではないというのが表情から伝わる。
「渡辺さんと付き合っているのは知っているよ。それでも私はたっちゃんが好き。高校に入って再会した時は本当に嬉しかった。渡辺さんと付き合っていたとしても、私は諦めきれないよ」
平手の真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになる。真剣さが伝わるその澄んだ瞳に思わず重たい唾を飲み込む。俺に彼女というものが居るのを承知の上で自分の気持ちを伝えているのだ。平手が本気だということ、この告白に全てを懸けていることが鈍感と言われる俺もでも分かった。
場に沈黙が流れ込む。俺は直ぐに言葉を掛けることが出来ず、少しだけ平手から目線を逸らした。平手の真っ直ぐな目を見ていると、まるで心の底まで見透かされてしまいそうだったからだ。
「こっち見て」
「……えっ?」
「どんな答えでもいい。文句は言わないし、たっちゃんの本当の気持ちを知りたいだけなの」
目を逸らすことさえも平手は見逃さなかった。俺の服の裾をキュッと掴み、大きな瞳でこっちを捉えていた。その瞳には薄らと涙が溜まっている。心臓が縄で縛られたように息苦しくなる。
何でこんなにも俺のことを想ってくれるのだろうか。今付き合っている女の子一人も幸せにしてあげられない”ろくでなし”のことを。何故、こんなにも好きでいてくれるのだろうか。
確かに平手とは心が通じ合う幼馴染という関係だ。一緒に居ても何も気を遣わなくてもいい存在だ。今、渡辺に抱いているこの気持ちも、平手相手ならもどかしい感覚に襲われることもないだろう。
しかし、それとこれは違う。告白されたのは嬉しいが、俺が目を向けなければならない現実があるのだ。
「ごめん、その気持ちには応えれないよ」