夏物語
25
 近くの神社の石階段まで来ると、さっきまでの喧騒が嘘かのように静まり返っていた。人の姿も俺と平手以外はない。
 俺と平手はゴツゴツとした石階段に座り、人疲れした気持ちを休める。



 夜とは言え、気温と人の密集により暑苦しかった祭りのメインロードも一つ外れれば、肌寒いものだ。



「花火はもうすぐ上がるかな?」



「そうだな。時間もそろそろだし」



 携帯で時間を確認すると、あと五分程で花火が上がる時間だ。雲一つない星空を仰ぎ見て、一つ息を吐いた。
 ふと、心を落ち着けると、さっきの梨加の姿が脳内を過る。
 幸せそうな横顔、その笑顔を向ける相手は俺ではなく、違う男。



 何だ、俺は既に見放されていたのか、と次第に惨めな気持ちになってきた。
 梨加と他の男が一緒に祭りに来ている場面に遭遇してしまった事により、心の中で半分諦めのような感情が生まれていた。
 こうなったのも自分のせいだと分かっていても、ここのどこかでは梨加を責めてしまっている自分がいる。自分の心の底に眠る汚い部分を垣間見た。



 今こうやって平手と祭りに来てしまっている自分が嫌いだ。梨加のことを理解してあげられない自分が嫌いだ。そんな梨加に嫉妬している自分が嫌いだ。醜く、自己中心的な考えに至ってしまう自分が何よりも嫌いだ。



 こんな汚い自分が見捨てられるのも無理はない。梨加は正しい判断をしたのかもしれない。俺よりも、隣に居る男のほうが自分のことを幸せにしてくれると。



「あ、上がり始めたよ、たっちゃん!」



 時間になったのか、ヒューという甲高い音が響き、轟音と共に夜空に大輪が咲いた。次第に何発も打ち上げられ、色とりどりの花火が咲いた。見上げる首の痛さも忘れるくらい幻想的な光景。久し振りにこの花火を外で見たが、ここ最近見に来なかった自分を恨むほど綺麗なものだった。
 あっという間に花火は最後の一発を夜空に咲かせ、夜空には硝煙だけが虚しく漂っていた。



「綺麗だったね」



「ああ、そうだな」



 打ち終わってしまえば、押し寄せる虚無感。それを増幅させる辺りの静けさと硝煙のボヤけた風景。俺と平手は会話を交わすこともなく、色の亡くなった空をいつまでも見上げていた。



「ねえ、たっちゃん?」



「何?」



 沈黙を破ったのは平手の方だった。気まずさを感じ始めていたから、俺としては有難い限りだ。
 でも何故か、平手の声のトーンに少しだけ胸がザワついた。しかし、その胸のザワ月つきは気のせいではなかったことが、次の言葉により証明された。



「私と付き合わない?」

ウォン ( 2018/04/07(土) 00:46 )