夏物語
24
「えっ……」



 まるで世界から切り離されたように自分の中で時が止まったような錯覚に陥る。
 周囲の景色がポートレートの背景みたいにぼかされ、焦点は笑顔を浮かべる梨加に絞られた。



 見知らぬ男の隣で笑う梨加。この頃、梨加のあんな笑顔は見たことがない。喧嘩していた為と言えばそれまでだが、そんな梨加の笑顔を引き出しているあの男は一体何者なのだろうか。
 いや、顔に見覚えはある。あいつは確か他クラスの男子生徒だ。しかし、これといった面識はなく、校内で見掛けたことがあるくらいの人物である。



 何故そんな男が梨加と楽しげに祭りに訪れているのだろうか。目の前に広がる疑問を自問自答して答えを見つけ出そうとする。だが、答えは最も身近な所にあった。



 今、自分がこの祭りに来ている相手。隣でたこ焼きを頬張っている平手を一瞥する。
 そう、今自分がやっていることこそ、目の前で梨加がやっていることと変わらないのではないか。
 梨加と自分を重ねる。すると、次第に梨加を責める立場ではないことが浮き彫りになっていく。目の前の状況は自分自身が作ったものも同然ではないか? 梨加を寂しくさせたツケが回ってきたと、現実を突きつけられる。
 どんな経緯で梨加があの男とこの祭りに来たかは分からないが、心の中で自分を悪者に仕立てあげないと目の前の状況を飲み込めなかった。



 自分の中で何かが瓦解していくように、音を立てて崩れていく。不思議と涙は流れなかった。



「たっちゃん? どうかしたの?」



 平手は心配したのか顔を覗き込んでくる。大きな瞳は真っ直ぐに俺を捉え、心を波紋を立てるようにぐらつかせる。



「いや、何もないよ。どこか座れる場所を探そうか」



「う、うん。そうだね。あっちに座れる場所あったと思う!」



 平手は少し戸惑ったような表情を浮かべたが、直ぐに笑顔を浮かべた。俺の様子がおかしいことには気付いているだろう。しかし、それに目を向けないようにしているのは彼女なりの優しさなのかもしれない。幼馴染として、極力首を突っ込まないでいてくれている。



 俺と平手は進行方向とは逆の方向へと歩き出した。座れる場所へと向かうこともあるが、何よりも目の前の光景から目を背けたかったことの方が大きい。
 どんな奴かも知らない男の隣で笑う梨加から背を向けて、歩き出す。
 嫌なことには向き合わず、目を逸らしてきた。これまでも、これからも、きっとそうであろう。



 不甲斐ない自分の性格が招いた出来事なのに、俺は目を背けることで責任から逃れようとしていた。そんなのはズルいことだと理解している。



 しかし、平手の腕を掴み、人の波に逆らってこの場から離れようとする自分を止めることは出来なかった。

ウォン ( 2018/02/21(水) 23:52 )