夏物語
23
 辺りはすっかり暗くなり、屋台にぶら下がった提灯の赤い光がより際立つ。そこそこに賑わっている屋台通りは人の波が出来上がっている。俺と平手はその波に流されながら、気になった屋台に止まっては物色し、また歩いては屋台に立ち寄るというの繰り返し続けていた。



「あ、たこ焼きだ! たっちゃん、あそこ寄ろ!」



「お、おう」



 そう返事をした俺だが、両手にはお好み焼きといか焼きを持っている。何か一つでも食べ終わってから寄った方が良いと思うのだが、平手の楽しそうな顔を見るとそんな言葉も出てこなかった。平手が楽しんでいるのなら、そこに水を差すような言葉は野暮というやつだ。
 今は祭りの最中なのだから。場の雰囲気に気分が高揚することは俺だって一緒のことだ。現に平手とデートまがいのことをしてしまっていることに対して罪悪感が薄れてしまっている。梨加への気持ちを忘れて、平手と過ごすこの空間を素直に楽しんでいる自分がいるのだ。



「やっぱり祭りって場所に酔っちゃうよね」



「そうだな……」



 たこ焼きの屋台に並ぶ最中、俺は横に並ぶ金魚の屋台を横目で見ていた。狭い数層の中を所狭しと入れられた金魚たちが迫り来る網から必死に逃げていた。遊びとして金魚を追う子供、それを命懸けで逃げる金魚。その逃げ惑う金魚に何故か自分を重ねてしまう。俺が下手な言い訳で梨加から逃げようとしている姿は他から見たら哀れな逃避にしか見えないのだろうか。



「たっちゃん!」



「え、どうしたの?」



「もうやっぱり聞いてなかった」



「ごめんごめん。何の話してたっけ?」



 平手の方を見向くと、彼女は頬を膨らませて上目遣いで僕を見つめていた。不意な平手の上目遣いに恥ずかしさを隠そうと反射的に目を逸らす。平手は幼馴染ということもあり、他の男子と比べて俺との距離が近い気がする。そのことを平手が意識しているのか知らないが、少なくとも俺はそう感じる。何も考えてない小学生の頃ならまだしも、今は思春期真っ盛りの高校生だ。いくら幼馴染とは言え、意識せずにはいられない。



「だから、花火が上がるの何時なのって聞いてるの!」



「ああ、確か八時くらいだったと思うけど……」



 スマホを取り出し、時間を確認する。時刻は七時を回ったとこで、あと一時間くらい余裕がある。両手に持ちきれないほど食べ物を買ったのだ。どこかゆっくり座ってて食べるところはないかと辺りを見渡す。
 辺りを見渡すその人混みの中で、ふとある人物に目が止まった。偶然ではない、一瞬梨加に似てるとおもったからである。



 しかし、これを偶然というには余りにも出来すぎていて、必然というには余りにも受け入れがたい事実であった。



「……梨加?」



 視線の先には、可愛らしい浴衣を着た梨加の姿があった。楽しげな笑顔を浮かべ、歩いていく。
 何故ここにいるのか? そんな疑問は不思議と頭には浮かばなかった。理由は単純だ。それよりも衝撃を受けた事実があるからである。



 それは梨加の隣に見知らぬ男が居たからだ。

ウォン ( 2018/02/18(日) 23:25 )