夏物語
19
 眩いほどの笑顔で平手は俺を見つめている。そもそも何で「おはよう」一言を言うためにこの教室に来たのだろうか。毎日の習慣であればこちらは何も言わない。今日に限ってだ。平手がこのようなことをするのは。




 周囲から向けられる目線にも気が付いていた。クラスメイトの中にも俺と梨加の喧嘩について知っている者も当然いる。そんな中、元気に違う女と会話しているとなると、堂々と浮気しているみたいではないか。浮気とまではいかないまでも、あまり良い方には捉えられないのは確実だ。




 それに梨加と喧嘩していることは平手も知っているはずだ。喧嘩したその日に公園でばったり会って話を聞いてもらったのだから。それを分かっていながらここに来たのだろうか。いや、平手がそんな意地の悪いことをするメリットはない。だとしたら、ただ単純に励ましに来たのかもれない。




「たっちゃん、元気だしなよ?」




「え、ああ。ありがとう」




「早く仲直りしなよっ! じゃあね!」




 平手は端的にそう告げると、足早に教室を去っていった。どうやら本当に励ますためだけに来たようだった。場を掻き乱すような嵐が過ぎ去ったことにホッと胸を撫で下ろす。チラと梨加の様子を一瞥すると、すぐさま目を逸らされる。やはり、梨加も俺と平手の様子を伺っていたようだ。わざとらしく再び本を読み始めている。何から何まで上手くいかない。




 もどかしい気持ちを引きずったまま、担任が教室に入ってきて、さっきまで散らばっていたクラスメイトはパズルのように席についていく。俺から声をかけて一言謝ればまだ状況は軽く済むのに何故かそれの一歩が踏み出せないでいた。客観的に見ても情けないと自分自身に呆れてしまう。




「文化祭と中間テスト、一学期の行事は一通り終わった。後少しで夏休みが始まるお前らに俺から……」




 頭の中は梨加のことで一杯だ。耳に流れてくる担任の話をボウとした意識の中で聞いていた。そうだ、あと少しで夏休みなのだ。梨加との思い出を作っていく最高の時期なのに何で俺は小さな所で躓いているんだ。早めに仲直りをしなければ夏休みが来てしまう。

ウォン ( 2017/12/29(金) 01:31 )