12
「お邪魔します……」
「はい、どうぞ」
家に到着した俺と梨加は何故だかよそよそしい態度になってしまい、会話がぎこちなくなってしまう。
特に何かを意識した訳でもなく、お互いに不意にそうなってしまった。家には親が居たが、どこか梨加と鉢合わせさせたくない気持ちがあり、俺は急いで二階の部屋へと梨加を案内した。
「てきとうに座ってて」
「うん……分かった」
俺は部屋を出て、リビングに降りる。
母親に「誰か来たの?」と聞かれたが、ぶっきらぼうに「友達」とだけ答え、二人分のジュースをコップに注いで盆に乗せ、リビングを後にした。階段を上がりながら、もう少し自然にすればよかった、と自分の演技力の低さに嘆いたが、時すでに遅しというやつだ。
俺は盆を片手に持ち替え、部屋の扉を開ける。すると、ソワソワした様子で部屋中を歩き回る梨加と目が合った。
「何してんの?」
「いや、その……落ち着かなくて」
そう言った梨加は落ち着かない様子を見られて恥ずかしいのか両手で顔をを隠して背を向けてしまった。
スカートから覗くスラリとした生脚。普段見ることのない膝裏に目が行ってしまい、邪な気持ちを払うように盆に置かれたコップをテーブルに置き、一つを持ってベッドに腰掛けた。
「別に気を遣わなくていいよ。とりあえずジュースでも飲みな?」
「……ありがとう」
俺の言葉に梨加はよそよそしく振り返り、コップを置いたテーブルの側に座る。ゆっくりと動作でコップを持ち、口元までもっていくとそっとコップに口を付けた。まるで小動物のような一連の動作は梨加がこの上ないほど緊張していることを物語っていた。
僕と目を合わせようとしない梨加はさっきからずっと扉の方を見ている。理佐のお店で堂々とお泊まり発言をした人とは思えないほどの勢いの減退である。
「落ち着かないなら帰る?」
「それは嫌です」
「そこは即答なのね……」
どうやら帰りたい訳ではないらしい。
仕方ない。梨加がある程度慣れるまで待つしかない。あまり沈黙を突き通すと、かえって逆効果だ。俺は他愛もない話で場を食いつなぐことにした。しかし、梨加の強ばった顔を中々ほぐれず、ついには梨加は大きな溜息を吐いた。
「ごめんね……。私から家に来たいって言ったのに……」
「だから気を遣うなって、彼女だろ?」
「……うん」
今にも泣きそうな瞳で俺を見る梨加。いや、待て。なんだか俺が泣かしたみたいではないか。一人、心の中で言い訳しながら、俺は狼狽えないように平静を保った。
ついには大粒の涙が梨加の頬を伝い、次々と涙が溢れていった。これには流石に動揺を隠せない俺は
「え、ど、どうしたんだよ?」
と、蹲る梨加の傍に反射的に動いた。何でこんな状況になってしまっただと思いはしたが、口には出してはいけないと、上手く励ましの言葉も掛けてあげられずにただひたすら梨加の背中を摩った。
「私、不安なの……」
その一言だけ呟いた梨加は顔を上げて俺と目を合わせる。涙で赤く潤んだ瞳はさっきまでの梨加とは違い、何かを伝えようと俺から視線を離さなかった。
だが、その言葉の意味が分からなかった僕は梨加に言葉を返すことができなかった。ただ、何も言えず、ジッと見つめる梨加から目を逸らした。
「……もっと私を……よ」
「え?」
梨加は消え入りそうな声で俯いて呟いたが最後の方は聞き取れなかった。聞き返そうと俺は梨加の顔を覗こうとしたが、梨加は俺を突き放して部屋から出て行ってしまった。突然のことに俺は目を丸くし、その背中を目で追うことしかできなかった。
フッと我に返ると、反射的に立ち上がり階段を下りたが、玄関に梨加の姿はなく、閉まっていく玄関の扉がまるでコマ送りのようにゆっくりと時が流れていった。