夏物語
10
 渡邉さんのバイトを引き受けた俺はその週の土曜日、さっそく酒屋でのバイトを始めていた。
 主な業務は渡邉さんの説明でもあったように自転車で配達して回るという酷なものだった。遠くの配達は知り合いのおじさんに頼んでいるらしいが、近所の配達は基本俺の仕事だった。
 近所ならば簡単だとたかをくくっていたのだが、何よりも注文の数が多すぎる。配達から帰ってきたら、次はここに行ってくれと矢継ぎ早に配達先を伝えられるのだ。甘く見ていた俺は開始三時間で後悔してしまうこととなる。




「あ、”達彦くん”お疲れ。一旦注文は落ち着いたから、休憩してていいよ。はい、これ」




「はいよ。サンキュー」




 無事にウェイターさんから達彦くんに昇格した俺は渡邉さんからペットボトルのお茶を貰う。店内のレジで頬杖を付きながら、雑誌に目を落としペラペラとめくっている。酒屋での注文は渡邉さんが一手に担っている。実質、この酒屋を回しているのは渡邉さんであり、それは多分お父さんがこの場にいてもそれは変わらないのだろうと思う。




「渡邉さんが酒屋を回しているみたいなもんだよね。同年代ながらすごいよ」




「うちは父子家庭だからさ、昔からこういうのは私がやってたんだ」




「そっか……でも、すごいよ。尊敬する」




 思わぬ地雷を踏んでしまったと、俺は自分の発言を後悔した。狼狽を悟られないよう何事もなかったようにお茶を飲む。しかし、思うようにお茶が喉を通っていかずに咳き込みそうになった。




 ”父子家庭”。そういえば渡邉さんのお母さんに出会わないな、と特に気にも留めなかった事項が渡邉さんの父子家庭という言葉で全てが繋がった。死別したのか離婚したのか、不意にそんな詮索が頭を過るが、野暮なことだと考えを振り払う。
 余計なことを言ってしまったと口を噤んでいた俺だが、こちらの気まずい雰囲気を察したのだろう。渡邉さんは父子家庭のことには触れることもなく、「疲れた」と一つ背伸びをした。




「あっ、そうだ」




「どうしたの?」




「”渡邉さん”なんて、よそよそしいのやめてよ。気持ち悪い」




「じゃあ、何て呼べばいいのさ」




「理佐でいいよ」




「ああ、うん」




 最初から下の名前で呼ぶなんて俺にとって高度な対応である。だが、渡邉さんは当たり前だと言わんばかりに理佐と呼べと提示してきた。




「なにその反応。恋人がいるから、呼びづらい?」



「そういう訳じゃないけど」



 そんなことを言われ、紅潮していくのを感じ取った俺は咄嗟に顔を背ける。渡邉さんはその反応を見るなり、軽く嘲笑気味に「意外とウブなんだね」と茶化してきたのであった。

■筆者メッセージ
この間、伊藤万理華さんの最後の握手会に行ってまいりました。


ほとんど喋れなかった。乙
ウォン ( 2017/11/05(日) 18:20 )