08
「待っ……」
喜々として戻ってきた梨加がまるで停止ボタンを押したかのように一瞬で止まってしまう。
おそらく梨加は「待った?」と言いたかったのだろう。
しかし、その途中で俺の隣に居る平手を見つけてしまい、言葉を飲み込んだままポカンと口を開けている。
梨加は口を開けたまま、平手は梨加まではいかないがそこそこ驚いている。かく言う俺は二人の邂逅に口には漏らさないが大きく溜息をついていた。三人の間に妙な間が生まれる。
「あ、もしかしてデート中?」
「ま、まあそんな感じだ……」
「あちゃー、お邪魔しちゃった。もう、言ってくれればいいのに!」
そう言って乾いた笑いを漏らした平手は反射的にベンチから飛び上がり、この場を離れようとする。
平手は気を遣ってのことかこの場は去ってくれるようだ。まあ、別に修羅場という訳ではないが、心なしか俺自身はこの場がとても気まずい。
梨加はというと、さっきまで開けていた口をキュッと結び、俺と平手を交互に見やっている。
「じゃあね、たっちゃん! 楽しんでね」
明るく手を振った平手は踵を返して去っていく。
しかし、数歩進んだところでピタッと止まり、半身だけ振り返って梨加に言葉を投げかけた。
「ねえ、渡辺さんは今幸せ?」
「え……えっと、幸せ……です」
「……そっか! 野暮なこと聞いたね。じゃあ、またね!」
梨加の言葉を聞いた平手は再度手を振り、小走りで去っていった。
しかし、残された俺と梨加の間には神妙な空気が流れていた。
特に梨加だ。平手は幼馴染としての問いかけだったかもしれないが、何故だか梨加の心に訴えかけるものがあったらしく……。
「……負けないもん」
と、ボソリと一人呟いていた。
まさかではあるが平手を恋敵などと勘違いしているのだろうか。いや、だろうかではなく、必ずそうだ。そう顔に書いてある。
前書にも書いた通り、梨加はこう見えて嫉妬深い面がある。多分、俺の幼馴染ということもあり、人一倍気にかけているのだろう。少し眉をひそめて、おっとりとした人相が少し悪くなっている。
「梨加……顔が険しいけど」
「達彦くんは私の彼氏だよね?」
「何だよそれ? 今更確認しなくても……」
「彼氏だよね?」
「……はい、そうです」
ああ、こうなってしまえば梨加は面倒くさい。
もう今日は大人しく帰った方がいいかもしれない。順調だったデート終わりに問題が起きてしまったが、楽しかったから良しとしよう。梨加はそう思っているかは別だが。
表情の険しい梨加の手を取り、家に送るために俺たちはショッピングモールをを後にした。