春物語
08
 その日の話題は男子も女子も、ほとんどが渡辺梨加のことで持ちきりだった。
 周囲の人は”あんなに喋ってるの初めて見た”が大多数で、”三谷くんと仲良かったんだね”から始まり”よく見たらいい感じじゃない?”なんて無責任なことまで言っている。クラスメイトたちはどうしても色恋事にしたいらしい。身勝手な妄想は頭の中だけに留めてほしいものだ。



 何があったんだ? と渡辺との経緯を聞かれても、上手く説明することはできない。説明できるほどの正当な出会いではないから、そもそも納得させられるような説明は存在しないのだ。
 上手い説明ができないから結局、”お前らデキてるんじゃないの?”という結論に行き着くのだ。それにタイミングが悪いことに、この間の男子間で行われた「一番かわいい女子は誰だ?」で俺が渡辺を指名したことも重なって、もはやクラス内では俺と渡辺は相思相愛なんて噂が流れ始めている。



 周りからイジられるのは、この際まだいい。だが、問題は俺ではなく渡辺梨加の方だ。
 さっきから好奇心に駆られた女子たちに囲まれて、根掘り葉掘り聞かれているのが遠目からでも分かる。実に可哀想だが、俺は助けることはできない。俺が庇ってしまうと誤解されているこの状況を進行させてしまうのだ。変な対応をして、反感を買わなければいいのだが……。




「えっ? んん?」




 当の本人は何故自分が囲まれているのか分かっていないようだ。女子が俺との関係を聞き、渡辺が首を傾げながらあやふやに言葉を返すっていうやり取りがさっきから繰り返し行われている。
 渡辺からしたら俺に好意はなく、ただマスコットを愛でていただけだ。どうもこうも俺と渡辺の間に関係なんてありもしない。渡辺の困った反応が一番妥当なのだ。
 囲んだ女子たちも、そんな渡辺の反応を見て、ワイワイと盛り上がっている。天然そうな渡辺の言動が気に入られているらしい。
 少し周りと浮いている渡辺梨加がいい具合に溶け込んでいるようだ。あたふたした反応を見た女子たちから鬱陶しがられる、と勝手に想像していたが、完全な杞憂だったらしい。




「これでよかったのかな?」




 思いもしない展開で渡辺梨加がクラスの皆に気に入られていった。
 自分でもよく分からないが、結果オーライということだろう。なんだかんだで本人の表情も明るい。面倒な話題が持ち上がったが、このような結果になったんなら悪くないもんだ。




「で、渡辺とはどういう関係なんだ?」




「ったく。だ、か、ら、何もないって言ってるだろ!」




 俺の方も男子に囲まれ、事情聴取が行われていた。
 渡辺の方は女子たちの笑い声で包まれているが、俺の方は打って変わって息がしづらいほど憎悪の目を向けられている。このクラスの男子は色恋事には厳しいようだ。
 何度も渡辺とは何もない、と身の潔白を訴えているのだが一向に納得してくれない。明らかに俺を疑っている目つきだ。これはほとぼりが冷めるまで渡辺と接触するのは危険かもしれない。




「何でお前ばっかり可愛い子と関係を持てるんだ……」




「平手ちゃんの次は渡辺さんだなんて、けしからん!」




「あいつはただの幼馴染だって言ったろ!?」




「うるせえ! 幼馴染でも羨ましいもんは羨ましいんだよ!」




 もはやただの嫉妬である。普通に羨ましいって言ってるし……。悲壮感漂う声色で友人たちは恨みの言葉を投げかける。これではただの八つ当たりだ。
 哀しい男たちの本音があちこちから漏れてくる。こいつらは俺が女友達さえ作ってはいけないと言い出しそうな勢いだ。



「まったく、勘弁してくれよ」



 大きく溜め息をつき、椅子の背もたれにもたれかかる。
 ああ、面倒だ。俺は両手で耳を塞ぎ、惨めな男たちの妬みを聞かないようした。ふと、教室の外を見やると、平手が廊下からこっちを見ていた。クラスで渡辺との関係が話題上がっているを聞きつけて様子を見に来たのかもしれない。だが、平手に助けを請うと、また男子の嫉妬を買ってしまう。
 俺は静かに平手から視線を逸らし、気付いていないフリをした。

ウォン ( 2017/06/03(土) 19:43 )