春物語
04
 平手に再会して、彼女を狙う奴らから目を付けられたその日の帰り。あれからの時間、随分と肩身の狭い思いをした。何で俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。だからといって、平手を邪険にするのは違う。そんなことをしてはさらに平手のファンから目の敵にされてしまう。味方になってくれている友人たちからも信頼をなくしては俺の高校生ライフは詰みだ。
 今は大人しく生きていこう。




「たっちゃん!」




 これからもそんな日常が続くのかと憂鬱な気分をぶら下げながら友人たちと校門をくぐろうとした時、特定の人物にしか呼ばれないあだ名で引き止められる。本当は無視したいが、無視できないほど辺りに声が響いている。渋々振り返ると、校舎の方から大きく手を振りながら駆け寄ってくる人の姿があった。



 そう、平手だ。
 俺はギクリとし、友人と顔を合わせた。友人らは平手との関係を知っているため、複雑そうな表情を浮かべている。友人は分かってくれているが、平手は今の状況を理解していないようだ。他の男子たちと牽制している今の状況を。まあ、理解していないのは平手らしいのだが。幼馴染と仲が良いのは別に悪くはないのだが、相手が相手だ。そうでなければ、ここまで思い悩むことはない。
 



 やがて、友人らは「お気の毒に」と同情めいた表情を作った。そして何も言わずに俺の肩をポンと叩いて、俺を置いて足早に去っていった。いやいや、俺を見捨てるのかよ、と助けを請うが、そんなの関係なしに無視して行ってしまう。俺だってあいつらと一緒に帰りたいのだが、平手はグングンと迫ってくる。相手が美少女なだけが救いのある種のホラーである。



 こうなったら待たざるを得ない。俺は納得いかないが渋々観念し、平手を待つことにした。
 平手が大きく名前を呼んだせいで、周囲の生徒がヒソヒソと話しながら俺を遠目に見ている。肌を刺すような周囲の目が痛い。こうなったら早く俺の元にきて直ぐにでもこの場を離れていと思うばかりだ。
 まったく来ないで欲しいのか来て欲しいのか自分でもよく分からない。
 女子の脚力とは思えないほどあっという間に俺の元に到着した。まるで台風が来たのかと思うほど風を纏って平手は俺の前に立った。




「あれっ? 友達は一緒に帰らないの?」




「ちょっと気まずいだと」




「へー、そんなの気にしなくていいのに。ねえ、たっちゃん?」




「そ、そうだな」




 平手は駆け寄ってくるなり、俺を置いて帰っていった友人らを不思議に思ったのか俺に尋ねてきた。
 「気にしなくてもいいのに」なんて感じるのは平手だけだろう。やはり、こいつの中身は昔から変わっていない。もう少し察して欲しい、なんて願いは平手には届かないだろう。
 走ってきたせいか平手の前髪はバラバラに散らばって、額にはうっすらと汗が滲んでいた。昔から変わらない元気印。それが裏目に出ていないのが平手の尊敬するところなのかもしれない。
 軽く息を弾ませながら、平手は手で前髪を整えている。俺のためにここまで必死に走ってくれるのは嬉しいが、何度も言うが流石に周りの目が痛い。まったく嬉しいのやら悲しいのやら。




「あ、たっちゃん。髪に何か付いてるよ」




「え?」




 平手は少し背を伸ばして、俺の髪を手で払った。平手が近付いて、仄かに平手の髪からシャンプーの匂いが鼻腔を擽る。汗をかいているから、より一層匂いが強く感じられた。不意なシャンプーの匂いに俺の心臓は大きく脈打つ。こんなことを考えている俺は変態なのだろうか。昔はこんな邪な感情は抱かなかったのだが、今となっては大人になっている平手の変化に戸惑うばかりである。俺は何だか一人恥ずかしくなり、咄嗟に平手から視線を外した。




「そうだ! せっかく二人だけで帰るんだったら、あそこに行こうよ!」




「あそこってどこだよ?」




「決まってるじゃん、よく遊んだあの公園だよ! 忘れたの?」




「ああ、あそこか。ちゃんと覚えているよ」




 俺は小さい頃からこの近辺に住んでいる。高校も家から近い所に位置しているから、平手と遊んだ懐かしい公園もさほど遠くはない。
 正直に言えば億劫だが、今の平手の勢いを止めることはできない。俺は言われるがまま、平手との思い出の公園に向かうことになった。そして、何よりもこの場を離れたかったのだ。理由は言わずもがなだろう。俺たちは足並みを揃えて目的の場所へと歩きだした。
 まったく、明日からの学校が恐ろしい。こんなにも早く明日が億劫に感じるとは思いもしなかった。だが、もう気にしても手遅れなのかもしれない。平手と一緒にいるところを多くの生徒に見られたのだから。

ウォン ( 2017/05/17(水) 04:10 )