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時が止まるというのはこのことを指す言葉なのだろう。現実としては有り得ない現象だが、感覚的にそう陥ってしまうのだ。
まさに今の状況。自分の唇が渡辺の唇と重なっているこの瞬間は全くと言っていいほど時間が進まない。ほんの数秒の出来事が永い時となって感覚を狂わせている。
どれほどの時が経ったか、惜しむかのように渡辺は俺から唇を離した。
渡辺の潤んだ瞳が揺れる。一種の恐れを抱いてそうなその艶やかな瞳に心臓の高鳴りを覚える。知らぬ間に詰められていた渡辺との距離がより一層緊張を煽った。
「ど、どうしたんだよ渡辺……」
焦った俺はそんな言葉しか言えなかった。
どうしたもこうも、今起きた出来事は幻ではない。渡辺が俺にキスをしてきたのだ。密かに感じ取っていた渡辺からの好意がこのようなストレートに表現されてしまったのだ。もう、知らないふりはできない。
渡辺は俺の言葉を待つように俺をジッと見つめる。今にも涙が溢れそうな大きな瞳は一向に俺から視線を外さない。
「渡辺……俺、」
その先の言葉が何故か上手く出てこない。
いや、何故かというのは嘘だ。本当は分かっているんだ。だけど、それを認めてしまったら、きっとこの先告げるであろう言葉は渡辺を傷つけてしまうだろう。何故なら、俺の頭の中には”違う人物”が浮かんでいるからだ。
ああ、俺は何て優柔不断で意気地なしの男なんだろう。自分のことを好きと言ってくれている女の子に対してはっきりと自分の気持ちを伝えることもできない。
はっきり言わなければならない。だが、渡辺も傷つけたくもない。そんな曖昧な感情の狭間に揺れる俺の気持ちはもう自分でも理解できないものとなっていた。
「俺も好きだ……渡辺のこと」
渡辺の悲しむ顔が見たくなくて、今まで募らしてきた好意を崩すのが怖くて。どうしようもない自分のエゴを優先した。
自分の気持ちに嘘をつくことで俺は渡辺が傷つかない選択を取った。
俺の汚い人生の始まりを皮肉めいたように謳う夜空の花火はまるで嘲笑するかのように空いっぱいに咲き誇っていた。