春物語
17
 数週間が経ち、文化祭は当日を迎えた。
 今回の文化祭は土曜日に行われているため、かなりの集客が予想される。うちのクラスでもそれなりの客を予想して気合を入れていたのだが、




「……多すぎだろ」




 俺たちのクラスのメイドカフェは大盛況。もっとふんわりとした空気作りを予想していたのだが、メイドも駆け回っている。
 学校の門が解放されるなり、朝にも関わらず多くの人が来場した。グラウンドの特設ステージでは学生や先生たちによって行われる、校内のど自慢大会が既に行われており、多くの人だかりができていた。
 時刻が昼に近付くにつれ、来場者も増えて、外で文化祭を楽しんでいたお客さんたちが一休みしに校舎内へと移動し始めたのだ。そして、チラシか何かを見た人達が涼みにうちのメイドカフェに来るといったのが一連の流れだ。朝に来たお客さんの口コミの影響で来客に拍車を掛けているのかもしれない。



 そして今に至り、皆休む暇もないくらい働いている。厨房は男子たちに頼み、お客さんのいるホールは渡辺に任せている。そして、俺の仕事は全体を見渡して、メイドの手が回らないとこに手助けをし、お客さんのウェイトの管理だ。効率よくお店を回して、クレームを回避する。問題が起きれば、その修正を行うのも俺の役目だ。正直気を抜くことができない立場だ。
 皆が頑張ってくれている以上、俺もそれに応えないといけない。




「達彦くん、五番テーブルの注文お願い」




「ああ、わかった!」




 いつもはおっとりしている渡辺だが、今日ばかりはキビキビと動いている。多分、メイドの中では渡辺が一番忙しいだろう。理由は言わずもがな、そのルックスで多くのファンを作っている。
 何回も来店する人もいれば、可愛いメイドがいる、と聞きつけて来客する人もいるくらいだ。来店するなり、店内を見渡して、渡辺を見つけるなり「可愛いな!」と興奮しているのがその証拠だ。




「お待たせしました。ご注文をお伺いします」




 渡辺に指定されたテーブルに急いで向かう。そこには二人の女子生徒が座っている。何だうちの生徒か。お客さんは外部の人だけではなく、文化祭を回っている校内の生徒も含まれる。出来ることなら、うちの生徒は忙しいときに来てもらうのは控えて欲しいのだが、文句は言ってられない。



 すると、俺が注文を取り入った五番テーブルはうちの男子の中で話題になっていたザ・クールの二人だった。確か、志田愛佳と渡邉理佐という名前だった気がする。クラスの前を通り過ぎたときはあまり近くで見なかったが、なるほど……他クラスで人気を総ナメしていることはある。二人とも目を奪われてしまうほど可愛い。それに平手や渡辺と違ってかなり大人っぽい雰囲気だ。
 そして、俺が一目惚れした片方の女子。俺を見ずに静かに携帯をイジっている。もう片方の女子は気さくに話しかけてくれる。




「あ、きたきた。大盛況だね、ウェイターさん」




「あ、ありがとうございます」




「そんなかしこまらないでいいよ。タメなんだし、私は志田愛佳。こっちは渡邉理佐。よろしくね」




「三谷達彦です。よろしく」



「にしてもすごい人気だよね。私たちのショートムービー上映会と比べたら天と地の差だよ。私もメイドしてみたかったなー。
 あ! あの渡辺梨加って子、可愛いよね! 周りの男の人たち皆あの子を見てるよ」




「そ、そうなんだ」




「こら、愛佳。今忙しいんだから、引き止めちゃ悪いでしょ。早く注文しなよ」




 次々と話を展開していく志田を渡邉理佐は少しキツい言い方で静止する。突然の冷たい指摘に少しドキッとしてしまう。低い声色だけ聞けば、怒っているのではないかとヒヤヒヤする。




「ごめんって、理佐。私はハンバーグで!」




「私はオムライス」




「……かしこまりました。ハンバーグにオムライスですね」



 渡邉理佐の怖い一面を見てしまったとビビってしまった俺は注文を確認すると、急いでその場を離れた。あの二人、喧嘩しないといいけど。もしかしたら、あれが二人の普通のやり取りかもしれない。少し不安だから遠目で二人の様子を伺うことにしよう。二人からしたら、余計なお世話かもしれないが俺の勝手な行動だ。露骨に見なければバレないだろう。
 何よりもあの渡邉理佐の顔をもっと見ていたいというのが一番の理由であった。それぐらいまでに、俺はあの渡邉理佐に惚れているのだ。

ウォン ( 2017/06/16(金) 00:08 )