春物語
15
「これはここで! ……もう少し右! そう、そこ!」



 文化祭の出し物消えから早一週間。クラスの出し物であるメイドカフェは少し形になり始めていた。男子は会場作り、女子は衣装の採寸とメニューの提案と試作。各々それなりに忙しいが、楽しく順調に作業している。それぞれの作業スピードも計画通りに進んでいた。
 文化祭の指揮をとることになったの俺だが、色々とクラスの皆に助けられながら、上手くやっていけている。渡辺も普段とは思えないほど積極的に指示を出していて、クラス内でも良い空気が流れていた。
 まだ始まったばかりだが、成功する気がすると確かな手応えを感じていた。
 今日もまた、文化祭の準備のため授業はない。朝から色々と準備に追われている時、




「へー、メイドカフェか。なんか楽しそー」




 突如、背後からなんとも無気力な声が聞こえてきた。そんな無気力な「楽しそう」という感想を聞いたのは初めてだ。言葉とトーンが合っていない感想になんとも言えない感情を抱く。
 他のクラスの下見を連中かもしれない。
 誰だと思い、俺は声のする方に振り返った。




「理佐、あんた絶対思ってないでしょ」




「思ってるよ。だって私達のクラス、ショートムービーだよ? なに、バカかっこいい日常だっけ? わけわかんないよね」




「クラスの男子が決めたんだから、そんなこと言ったら可哀想でしょ」




「全然可哀想じゃないよ。てか、愛佳も思ってるくせに」




 どちらも低い声で言い合っている二人の女子がいた。キャッキャ盛り上がるわけでもなく、至って冷静なやり取りだ。二人とも見覚えのない顔だが、一つ言えることはどちらも目が自然に奪われるほどの美人だということだ。美少女と名高い、あの渡辺と同じくらいの美人だ。
 この一年生の棟に居るということは同じ学年なのだが、すごく落ち着いた雰囲気でとても同年代とは思えない。
 時間にしたら短いのだが、気が遠くなるほど片方の女子に俺は見蕩れていた。あの理佐という女の子だ。落ち着いた雰囲気を纏い、クールな目つきは男の俺でも痺れさせられるくらいのキリッとしている。
 正直、俺のタイプのど真ん中で、ここまで目が奪われた経験はない。もちろん渡辺にもだ。それぐらい、どストライクの女子だ。こんな胸を打つ瞬間はこの先あまりないだろう。



 渡辺に少し好意が芽生え始めていたのに、簡単に他の女子に目移りしてしまっている俺はクズなのかもしれない。だが、別に渡辺に俺の気持ちを伝えたわけではないのだから、罪はないだろう。心に秘めた片思いの移り変わりなんて誰も気付きやしない。よほど心を覗くエスパーがいない限り。




「ねえ、愛佳。あの子可愛くない? あの、髪の長い子」




「うん、確かに可愛いね。なんかフワフワしてそう」




「あの子もメイドになるのかな? だったら興味があるかも」




「理佐って意外と可愛い女の子好きだよね」




「うん。可愛い子のコスプレは見たいな」



「じゃあ、当日に見に来る? どうせ私たち文化祭でやることなんてないんだし」



「そうだね。そうしよう」




 二人は渡辺の方を指差しながら、可愛いと評価していた。やはり、渡辺は他のクラスの女子も納得するほど可愛いようだ。
 俺はその場で「あなたの方が可愛いですよ」、なんて彼女に言いたかったが、そんなことチキンの俺にはできない。まあ、チキンでなくてはそんなキザなセリフを言ってしまったら初対面なのに嫌われてしまうだろう。
 謎の綺麗な二人組はそのまま他のクラスの準備を眺め見るようにして向こうに行ってしまった。ほんの少しの間だけだが、俺の心はがっしり奪われてしまった。あんな綺麗な人、まだこの学校にいたのかと感心してしまう。



 今の二人といい、同じクラスの渡辺、幼馴染の平手。この学校はかなり女子のレベルが高いようだ。平手にも多くのファンが付いているのだ、あの綺麗な女子も多くのファンを抱えているに違いない。
 あの様子なら文化祭当日に客としてメイドカフェに訪れてくれるかもしれない。その時、もう一度じっくり顔を拝ませてもらうとしよう。
 俺は高揚から全身が妙な浮遊感に襲われていた。頭の中はあの女子のことばかり考えていた。皆が必死に作業している中、俺は一人邪なことを考えて作業が手に付かない。
 しばらくしても、俺の頭の中はあの女子のことでいっぱいだった。

ウォン ( 2017/06/13(火) 00:38 )