春物語
12
 さきの会議で渡辺からの謎の推薦で文化祭実行委員になってしまった俺。クラスの雰囲気に押されてその場は受け入れたが、やはり納得がいかない。俺はそんなキャラじゃないし、クラスをまとめるなんて以ての外だ。俺を推薦した渡辺だって、リーダータイプじゃないだろう。そもそも、渡辺が自分自身で立候補してまで俺を推薦した理由が分からない。何から何まで消化不良なこの状況。男に相談しても、渡辺のことで弄られて話にならない。
 俺は気分転換のため教室を出て、外の空気を吸ってリフレッシュを図った。今の状況で教室内に身を置くのは気が乗らない。面倒な気分をぶら下げていると、背後で教室の扉が開く音がした。ふと、後ろを見やると、そこにいたのは渡辺だった。渡辺は俺に気付かず、逆方向に歩いていこうとしている。



 今、周りにはクラスメイトはいない。これはチャンスだ。俺を推薦した真意を訊くのは今しかない。そう思い立った俺は、反射的に渡辺を追う。




「おい、渡辺!」




「ん? あっ、達彦くん」




「さっきのはどういうことだよ?」




「えっ、さっきって何のこと?」




「だから、実行委員のやつだよ」




「あ〜、あれのことか〜」




 渡辺はいつものようにのほほんとした口調で、つい数分前のことを懐かしく思い出していた。あんな大胆な発言をもう忘れたのだろうか。こっちはペースを乱されまくりだってのに……。
 渡辺は天然だ、と聞いていたがまさかここまでの逸材だとは思わなかった。渡辺のペースに流されそうになるが、俺は会議での推薦のことについて問いただした。




「う〜ん……よく分かんない」




「分かんないってことテキトーに俺を推薦したのか?」




「嫌……だったの?」




「そ、そういうわけじゃないんだけど……」




 そんな返し方されたら反応しづらいじゃないか。別に推薦されたからって嫌な気分になったわけではないし、そもそも渡辺に指名されるのは何というか光栄なことだし。そもそも、嫌だったらその場で断っている。
 いや、何で俺は一人で言い訳しているのだろうか……。
 本当にテキトーな指名ならば、変に深読みしていた自分自身が恥ずかしく思えてくる。少し期待しただけ無駄だったようだ。というか、どういうものを期待していたのか分からないが。




「私は、三谷くんと……一緒に実行委員やれればいいなって思っただけだよ。本当にそれだけ」




「えっ?」




「だから……よろしくね」




 なんてずるい女だ。
 そんな言い方は実に卑怯だ。さっきから俺が言い返せないような言葉しか返してこない。可愛い女の子からそんな風に言われたら、誰だって文句は言わずに飲み込んでしまう。現に俺は渡辺の言葉に何も言い返せずに、”よろしくね”という言葉に少し嬉しがってしまっている。
 男は単純。
 最近その言葉を俺自身が体現しているような気がする。そんな言葉、正当化しようなんか微塵も思っていない。しかし、それでも今の状況に自ら溺れていく自分を止められないのだ。抗えない自分を責めようにも、どう責めるのが適切なのだろうか。こうやって自問自答が心の内で行われ、気付いた頃には男の体裁を守る自身の本能が勝手に言葉を吐き出している。




「ああ、よろしくな」




「うん!」



 渡辺は嬉しそうに両手で口を抑えて微笑んだ。クルン、と回れ右をして少し駆け足気味で廊下の向こうに消えていく。俺は渡辺の姿が見えなくなるまでその背中を見つめていた。残された俺を一気に哀愁の気持ちが覆う。結局、俺は今の時間、何をしていたんだ?



 こうやって渡辺の笑顔に流されてしまう俺。ひょっとしたら俺は可愛い子であれば何でも許してしまうダメ男なのかもしれない。
 渡辺の真意は探れなかったが……いや、探ることすら俺はしてないのだが、何故か今は晴れ晴れとした気持ちでいる。
 渡辺の言葉を素直に嬉しく受け止め、最初の勢いはどこかに消えてしまった俺は何の収穫もなく、その場にいても仕方がないので教室へと戻ることにした。次の授業も文化祭の出し物のクラス会議だ。任命早々、仕事とはなんとも急な話だが、単純な俺は渡辺の言葉でエンジンがかかっていた。

ウォン ( 2017/06/10(土) 00:01 )