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 膝に弁当が乗っている状況で抱きしめるわけにもいかず、俺はさっきまで柚菜の頭を撫でていた手で肩を抱くようにした。柚菜は肩をきゅっとすぼめるようにして、俺にくっついている。


「……ありがとう。すごくうれしいです」

「そりゃ良かった」

「もっと好きになっちゃいますけど、いいですか?」

「と言うと?」

「私、もしかしたら怖い女かも知れませんよ? 他の女の子と話してるだけで刃物持ち出しちゃうとか」

「それはスプラッターな恋愛ができそうだね」

「他の女の子と一緒のところ見ただけで、脅迫状書いちゃったりとか」

「血染め文字とかだったらホラー味増すよね」

「ストーカーになっちゃうかもし知れませんよ。毎日じーっと外から部屋を監視しちゃったり」

「柚菜の場合は門限に引っかかって無理なんじゃないかな」

「もう、真面目に分析して突っ込まないでくださいよ」

「お、空気読んでなかったかな」


 多分、初めて彼女とテンポよく言葉の交換が出来ていた。それが嬉しかったから、間違いなくこの瞬間の俺はにやけている。


 柚菜も肩からいつの間にか力が抜け、さっきとは違う震えが肩から伝わってきた。柚菜は笑っていた。


「私、実際、すごく面倒くさい女だと思います。自分でもわかってます」


 笑いを納めた彼女が言う。もう肩に力は入っていない。俺は黙って聞く。


「みんなみたいに、明るく話なんかできません。さっきの先輩たちみたいに楽しくなんかできません。すぐ逃げちゃうし、調子に乗っちゃうし、『雅毅くんに気を使わせて何様なの私』って思うけど、結局同じようなことしちゃうし」


 俺は何も言わないまま、肩を抱く力を一瞬だけ強めた。聞いてるよ、と頷きのつもりだった。


「自信なんか全然持てないんです。地味だけが特徴の女なんて、雅毅くんには似合わないと思うし。でも……」


 柚菜は肩を抱く俺の手に自分の手を重ねた。


「雅毅くんがいつも私を褒めてくれるし、勇気もくれるから……」


 柚菜が一呼吸入れ、続けた。


「ちょっとだけ、自惚れてみますね。雅毅くんの彼女なんだぞって。雅毅くんに選んでもらったのは私なんだぞって」

「そうしてよ」


 嬉しくなった俺は柚菜の頭。頭頂部より少し下がった耳の上辺りにキスをした。


「あっ」


 柚菜が首をすくめる。


「ずるいよ、自分だけ」


 意外な抗議をしてくるから、抱いていた肩を離して一度体を起こし、逆の手で顎に触れながら柚菜の目を見た。


 柚菜はわずかに抵抗しそうになったものの、膝の上に弁当箱に邪魔された挙句、自分がたった今した『自惚れます』宣言を思い出したようで、おとなしく目を閉じた。



 安心してキスをした。

 ごく短いキスだった。



 もう終わり?



 なんて気配を感じつつも体を離したのは俺の方。


 どえらいことに気付いてしまったからだ。

 唇が触れた瞬間にさ。



 そう、今は昼休み。

 場所は校庭近くの芝生の上。

 朝晩は多少寒い時期になってるとはいえ、昼間はむしろ過ごしやすい季節。

 そりゃ、昼飯時にもなれば、人はそれなりにいるわけですよ。


 その何人が俺たちの存在を目に入れているかなんか知ったことじゃないけど、どう見てもこの光景はバカップル全開。

 今の今までこんなシチュエーションに自分が置かれるなんて考えたこともないヘタレくんとしては、この状況、気付いてしまえば恥ずかしいことこの上ない。


 俺の雰囲気で柚菜も周囲の状況に気付いたらしい。

 完全に2人だけの世界。忘我の境地にいた俺たちは、いきなり現実世界に引き戻されることになった。


「こ、怖いね、周りが見えなくなるのって」

「ごめんなさい、完全に忘れてた……」


 俺が謝れば柚菜も謝る。

 何しろ恋愛経験の乏しいもので、これから先どれだけ恥をかくか、考えるだけで恐ろしい気がする。


 とりあえず、今は弁当を食べてしまうことに集中することにした。









 そんな俺たちの状況を、この人はばっちり見ていたというから驚きだ。







「いやぁ、人目も気にせずイチャイチャし始めたと思ったら、急に我に返って弁当食べだすんだもんなぁ。初々しすぎてもう見てらんなかったわよ」


 放課後、文化祭実行委員として集まったはずの美波さんに2人して大笑いされてしまった。


「あ、録画しとくんだったよ! しまった! あんな場面そうそうないってのに」

「それは勘弁してくださいって」

「あーあ、もう一回見れないかな?」

「見れませんよ。ってか、見せ物じゃないですからね」

「ね、また後でやってよ。今度はばっちり録ってあげるからさ」

「何言ってんですか? やる訳ないですよね。大丈夫ですか? 色々と」

「ちょっとー、柚菜、こいつ生意気すぎるんだけどさぁ、どうにかなんないの?」

「わ、私ですか?」

「当然でしょー、旦那の教育は奥さんの責任よ?」

「お、お、おく」

「まだ結婚してないんすけどね、つーか付き合い始めて1日で責任てどんだけシビアなんすか」

「女の甲斐性よ。男なんて付き合い始めた瞬間からその女に隷属するものなの。わかる?」

「ま、その通りだとは思いますけど、わざわざ柚菜をいじるためだけにその表現選んでません?」

「あら、わかる?」

「目が語ってます」

「だってえ、柚菜ちゃんってば、恋が実ったらおっそろしく可愛くなっちゃってるんだもん、いじらにゃ損でしょ」

「か、かわ、かわいく」

「柚菜、落ち着きなよ。この人の表現にいちいち振り回されるな、この人が喜ぶだけだから」


 よりによってこの人に目撃されるとは。

 基本的には幸せなんだけど、なんだか納得行かない気もする。



■筆者メッセージ
思いの外に長くなってしまった。3人の場面は次でもよかったかな、と思いながらもキリがいいので……


つぶさん

いつもありがとうございます。髪と昭明のコントラストの場面は、前後にふざけた文言を入れることで更に引き立たせるという洒落臭い小技を使って見ました。巧くいったようで嬉しいです。


✕✕✕さん

ありがとうございます。ですが、うちでは扱ってないんですよ。すみませんね。他の方も描かれてるのでそちらでお願いしたいです。
急に入れてもおかしくなっちゃいますし、本編ではないです。

希乃咲穏仙 ( 2022/05/31(火) 14:20 )