「帰りどうします？ 一緒に駅前なんか歩いてたら、ちょっとまずそうな気もしないではないんですけど」


　俺はごく自然に、そして、さりげなく聞いてみた。美波さんは少し考えると口を開いた。


「もしかして、柚菜となんかあった？」


　いきなり核心を突かれ、口に入れたばかりのお好み焼きを盛大に吹きそうになった。




　美波さんと入ったのはとある雑居ビルのお好み焼き屋。


　俺は口に入っている物を守るのが精一杯で涙目になりながら、どうにか強引に飲み込み、それから咳き込んだ。


　そんな俺を見て、美波さんが対面の席で呆れている。


「大丈夫？」


　大丈夫です、と答える代わりに無言で頷く。何度も咳をしていると、美波さんが水を入れたグラスを目の前に差し出してくれた。


　ありがたいけど、まだ早い。


　ありがとうございますの意味で手を軽く上げながら、大きく息を吸って一度息を止めて思い切り咳をした。

　そこでやっと落ち着いて、美波さんが置いてくれた水を手に取り、慎重に口を付けた。


「もう大丈夫？」

「……大丈夫です。ありがとうございました」

「そんだけむせたら、さっきの質問の答えはいらないよ」

「バレバレですか？」

「うん。バレバレだね」


　美波さんはニヤっと笑った。


「そっか、やっと勇気を出したか」


　一瞬、ん？と思った。何かおかしくないか。


「意外に早かったわね」

「へ？」



　意外にとは。

　どう言う意味だ。



「告られたんでしょ？ 柚菜に」


　そう聞かれ、思わず素直に頷いてしまうと、美波さんは少しつまらなさそうな表情になった。


「文化祭の後に言い出すかとか思ってたけど、こんなに早く告るとはね。案外、手の早い娘だったのね」

「えっ……と、知ってた……んですか？」

「なにを？」

「いや、その……柚菜が、あの、俺の……こと……」

「当ったり前でしょーが。てか、アンタ、気付いて無かったの？」

「…………」

「マジで？ ウソでしょ？」


　美波さんが柚菜の様子から俺を好きってことを見抜いてたのは俺からすれば驚きだった。けど美波さんにしてみれば、俺が何も気付いていなかった事の方が驚きだったらしい。


「いや、もう全然まったく」

「私、騙しても得ないよ？」

「いや、騙してませんし」

「その鈍さは犯罪的だよね、すごいわ。いや、ホント引くわ」


　素で驚いている様子がむかつくわけですが。


「そんなの気付くわけないじゃないですか。避けられてたし……」

「あのね、あれは避けてたんじゃなくて、好きすぎて直視できなかったんでしょ」


　美波さんの表現はストレートすぎてなかなか頷けない。好きすぎて直視できないとかあるのか。いや、そんなようなことは柚菜に言われた気もするけどさ。


「だって、俺をそういう目で見る人がいるって事自体、ありえないと思ってますし……」

「わかった。鈍いんじゃなくてさ、気付いてないんだね。アンタは」


　美波さんは感心したように、頬杖をつきながら俺を見ている。


「と言いますと」


　恐る恐る聞いてみると、美波さんはちょっと首をかしげるようにしてから、頬杖を外した。


「アンタさ、自分で思ってるよりずっといい男だよ。ちょっとは自覚しとかないと、まわりの子泣かすだけだよ」

「そんなこと言われましても」


　美波さんの声に冗談の気配が無くて困惑させられた。


「俺、今まで女の子にもてたこともないし、そもそも女の子と口利くことだって滅多にないくらいで……」

「そんなの関係ない！ それはアンタの周りの女に見る目がないのか、アンタが鈍過ぎて気付いてないだけ。どっちにしろ、私の目がよっぽど曇ってなきゃ、アンタはいい男よ」


　そんなこと断言されましても、ねぇ。