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一体これはなんなんでしょうか。
昼下がりの街になぜか他人の荷物を持って歩いている自分がいた。
下北沢の決して広くない道で人の波を縫うようにして歩いたり、狭い店内であちこち引っかかりながら移動したり。2時間もウロウロしていると、日頃そんなことを絶対にしない人間だけにその疲労度は学校に行っている平日の比じゃ無かった。
そもそも買い物でわざわざ都内に出てくるって発想が無いもんな。しかも下北沢ってお洒落の総本山みたいなもんですよ。俺みたいなかっぺの来る街じゃ……ねぇ。
「なに疲れてんの? まだ始まったばっかじゃん」
能天気な声を出して俺の背中をバシバシ叩いている人が。
「あなたは俺をうんざりさせる達人ですか?」
「はぁ? こんな美女とデート出来てんに、うんざりとか言っちゃう?」
「えぇ、いくらでも言いますよ、俺は」
美波さんに決まってますよね。
ため息混じり、というよりため息九割の声で言うと、久々の買い物だという美波さんはため息成分ゼロの声で応じる。
「あーあー、聞こえなーい」
ホント、実に楽しそうだよな。俺をいじめている時のこの人。
さて、俺が何故この人と歩いているのか。もちろん、早朝の電話が原因。
『あれ? なんで起きてんの?』
「……じゃ寝ますね。ごきげんよう」
『こらこらこらこら、せっかくかけてんのに、いきなり切るんじゃないよ』
「あのですね、美波さん。たまたま、ホントたまたま起きてましたけどね、寝てて運悪くあなたの電話だと気付いたとしますよ」
『うん』
「出なかったら明日、酷い目に合うわけですよね?」
『人聞きが悪いなぁ。私がいじめてるみたいじゃん。かわいがってあげてるだけじゃないの』
「あ、すっげーニヤニヤしてるのが見えるっ」
『なに見てんのよっ!?』
「お約束のボケ、ありがとうございます」
『いえいえ、どういたしまして。ってか、突っ込んでからでしょ、そういうの』
朝っぱらからどうしてこうもハイテンションなんでしょうかね、この人は。いや、それは俺も同じか。
なんとなく似たようなやり取りをついさっきも体験したような気がしつつも、会話を続ける。
「で、わざわざ可愛気のない後輩に、こんな朝っぱらから何のご用でしょうか」
『んー、べつに用はないんだけどさー。まーくんがきっと私の声を聞きたがっているだろうと……』
切ってやった。美波さんが言い終わる前に切ってやった。が、すぐさま着信。
『コラ! 切るな!』
「バイトのない休日なら完全に寝てる時間なんですよ。最低限のマナーです。あなたはそこら辺に転がってる足りない女子高生じゃないんですから、そのくらい分かりますよね?」
実際問題かなり頭に来てた。出なくていいレベルで頭に来てた。
冗談交じりに会話するのも、それはそれで良かった気もするけど、美波さんの加速し続けるわがままっぷりと声色に一瞬で俺の堪忍袋がぶっ壊れた。
『……ご……ごめん、悪かったよ』
俺が異常なまでに冷たい声を出したからか、美波さんともあろう人が言葉を詰まらせていた。
なんとなくこっちまでばつが悪くなる。いきなり素直に謝るのは反則ですよ。
「こちらこそ、生意気なこと言ってすいませんでした」
『うーん……両成敗ってことで』
「はい、お互い様ってことで」
『チャラね』
すぐにいつもの明るさになった。