眼鏡を取った柚菜のまつげの長さに俺はちょっと感動した。

　以前、柚菜は言っていた。

『素の自分を出すみたいで、人前で眼鏡を外すのが得意じゃない』

　つまり、ここで眼鏡を外したのは、素の自分を出してもいいという意思表示なんだろう。

　柚菜が滅多に俺を見たりしないから、こっちは観察し放題だったりする。

　髪が黒いからなおさら引き立つのか、柚菜の肌は陶器の様に白く綺麗だった。地味目の女子は自分を手入れするという発想が根底から欠けていたりして、よく見なくてもうっすら髭のような産毛に口元が覆われていたりで、男を萎え萎えにしてくれたりするけど、そんな事もない。

　化粧の気配はまるでない。リップくらいはつけているようだけど、色が付いているわけでもない。生意気盛りの中２の妹の方がよっぽど人工物まみれになっている。

　眉にわずかにかかるくらいの前髪はふわっと揃えられていて、あまり強くない二重の目と調和が取れている。

　全体的につくりが細かい。繊細というのかな。例えば、美波さんのように、華麗なほどに整っているという感じじゃなく、小動物的というか、かわいらしいというか。

　それなのに決して柚菜がかわいい系の女に見えないのは、それを武器にしているとはとうてい思えない無愛想さのせいだろう。

　あるいは、この無表情さ。硬質な雰囲気があるんだよな。秀才型独特の。


　なんて見ていたら、柚菜が居心地悪そうにもぞもぞと動きながら、ちらっと俺を見た。


　じろじろ見ている視線が鬱陶しかったのか、なんて考えながら目を逸らし、そういえば、と思い返した。

　さっきの眼鏡がどうとかいう話、あのすぐ後、柚菜はラーメン屋の店内を百合の舞台に変える離れ業を演じていた。



　あれ？

　柚菜って百合ってわけじゃないのか？


　いや、本当に百合だなんて思ってたわけじゃない。でもそうだったら面白いなあ、なんて無責任に考えてもいたりはした。


　そんなつまらんことを考えていると、今度は視線を外したまま微妙な顔でぼんやりし始めた俺が気になったようで、柚菜がじっと俺の喉元辺りを見つめている。


　進化だね。さっきまではせいぜいブレザーの上のボタンだったんだからな。




「……あの」


　またしても聞こえる限界スレスレの音量で柚菜が口を開く。


「……さっきの、忘れてくれていいですから」

「……ん？」


　今度は何をいい出す気だろう、この娘は。

　柚菜の白い肌が紅潮しているのがわかる。ついでにいうと、長いまつげが大半を占めている俯き気味の目は間違いなくあと少しで水浸しになる直前だった。


「好きとか、迷惑だってわかってます。ただ、伝えないと絶対後悔するって思って、勢いで言っちゃっただけですから」


　声は震えていた。


　これじゃ、まるで俺がいじめているみたいじゃないか。

　そう思った瞬間、急にブン殴られたような衝撃で眩暈すら感じた。



　みたいじゃねーんだよな。

　この状況。

　完全に俺が柚菜をいじめてる絵だ。



　決死の思いで告白して、はぐらかされて、なれない場所に連れ込まれて、しまいには延々黙られた上、ジロジロ見られりゃ泣きたくもなるよな。



「うん、ちょっと待って」


　俺は意識して抑えた声を出した。一呼吸置いて、続ける。


「正直に言うよ。俺さ、柚菜に嫌われてるんじゃないかって思って。だから、柚菜を意識するとか無かったんだよな」


　スラスラとは言えてない。柚菜の細すぎる肩がかすかに震えているのが見える。


「だから、好きとか言われて、ちょっとわけわかんなくなってた。今も多分あんまり理解できてない。だから……」


　だから、の後が続かなくなった。そのタイミングでテーブルにコーヒーが運ばれてきた。


　俺は一旦話をやめ、柚菜は店員に軽く一礼すると、また軽く俯いた。


　コーヒーの湯気を唇に当て、用心深く小さく一口すする。苦味とわずかな酸味、スッとするような刺激が熱さに紛れて舌をくすぐる。

　自分が何をどこまで話したかを、何が言いたかったのかを考えてから、また言葉を続けた。


「……ちょっと時間くれないかな。そんなには待たせないから」


　おそらく、テーブルの下で柚菜は手をぎゅっと握っているんだろう。ピンと伸びた肘が強張っている。


　言葉が自由に出てこない。何を言っても柚菜を泣かせそうで、怖くて、半開きの口をパクパクさせて次の言葉を出そうとはするけど、簡単に声なんか出てきやしない。